シナリオ

チャンセラーズヴィルの戦い

1863年 · 北米 重量

北軍 — 南軍 · 10ターン · 駒 374

ブリーフィング

"Are you ready, General Rodes?" "Yes, sir." "You can go forward, then." 「用意はいいか、ロードス将軍」「はい」「では、進め」――1863年5月2日午後5時15分、オレンジ・ターンパイクの北で。ジャクソンは懐中時計を閉じ、ロードス師団の五個旅団が森へ入った(ロードスの報告書・公刊戦史 OR 第25巻) 盤は、その合図の一時間前から始まる。 十二マイルを歩いた二万八千が、いま北軍の右翼の真横で、ターンパイクを跨いで三線の横隊を組み終えた。北軍はそれを知らない。XI軍団でこちらを向いている連隊は数えるほどで、大半は南を向いて銃を組み、夕食の支度をしている。シックルズの軍団は南のカサリン鎔鉱炉まで出払っていて、ここには居ない。 この盤は「大迂回をやるかどうか」を問わない。迂回はもう終わっている。問うのは、その一撃で崩れた軍が二十時間のうちに立て直せるか、そして十マイル東でもう一つの戦いが同時に起きるとき、どちらの軍が先に二つの戦場を一つにできるか、である。 【この盤の一日半】T1〜T3が五月二日の夕方から夜。側面攻撃と、暗くなってからの追撃。T4〜T10が五月三日――西ではスチュアートが代わって攻め、東ではセジウィックがマリーの丘の石垣へ向かう。盤はその日の夕方、セイラム教会で切ってある。 【この盤の駒は連隊である】三百七十四駒。一駒がおよそ一個連隊で(一八六三年五月の連隊は定員割れしているので、北軍は約六百名、南軍は約四百五十名を一駒に畳んである)、戦闘力1がおよそ百五十名にあたる。札の左が旅団長の姓、右が連隊である――Paxto 33Va はパクストン准将のストーンウォール旅団の第三十三ヴァージニア、Meagr 69NY はミーガーのアイルランド旅団の第六十九ニューヨーク。実名を出せなかった連隊は Kersh 1st のように序数で置いてある(カーショー旅団の第一連隊、の意味であって、そういう名の部隊がいたわけではない)。 【北軍の勝ち方】開幕の点差は プラス415 である。十字路145点、U.S.フォード110点、ヘイゼル・グローブ75点、フェアビュー55点、ウィルダネス教会55点、イーリーズ・フォード35点、ファルマス35点、フランクリンズ・クロッシング35点を持って始まるからである。勝利線は プラス240。つまり十字路(145点=点差にして290)を渡した瞬間に線の下へ落ちる。逆に言えば、この盤の北軍の仕事はただ一つ、十字路を渡さないことである。二百二十七駒のうち一手番に動かせるのは四十駒しかないが、動かす必要のある四十駒がどこに居るかは、盤を見れば分かるはずだ。 【南軍の勝ち方】十字路さえ取れば線を割る。南軍は百四十七駒を一駒残らず動かせる――だが、そのうち三十駒は十マイル東のフレデリックスバーグに釘付けである。西で取りに行くあいだ、東のアーリーはセジウィックの五十四駒を相手に、六マイルの薄い塹壕線で持ちこたえねばならない。リーが五月二日から三日にかけてやったのは、この引き算である。 【四つの旗】盤には勝利点の付かない旗が四本立っている。取ると一手番に動かせる駒数が動く。  ・タリー農場――ターンパイクの西端、XI軍団の右翼の端。南軍が取ると北軍の枠が四十から三十二へ落ちる。軍の右端が消えるというのは、盤の上ではそういうことである。  ・マリーの丘――フレデリックスバーグの背後、窪んだ道の石垣。北軍が取ると南軍の枠が百四十七から百三十七へ落ちる。アーリーの防御線が割れれば、リーは二つの方向を向くことになる。  ・カサリン鎔鉱炉――開幕はシックルズの軍団がこの周りに出払っている。南軍が取り返すと北軍の枠が五つ落ちる。同時に、南へ出ている北軍の退路が絞まる。史実のシックルズが夜のうちに慌てて戻ったのは、まさにこれが起きかけたからである。  ・バンクス・フォード――川沿い。開幕は南軍のウィルコックス旅団が隣で守っている。北軍が取ると北軍の枠が八つ増える。ここが開けば、離れた二つの翼の距離が五マイル縮む。 【川と五つの渡河点】ラッパハノック川とラピダン川は大河として引いてある――辺そのものが通れない。渡れるのは五か所だけである。イーリーズ・フォード、U.S.フォード(北軍右翼の唯一の退路。舟橋が架かっている)、バンクス・フォード、フレデリックスバーグ正面の舟橋、フランクリンズ・クロッシングの舟橋。北軍の二つの翼は、同じ川の同じ側に居ながら、十マイル離れて別々に戦う。町の南のヘイゼル・ランはこちらは渡れる小川で、渡って攻める側は守る側が二倍になる。 【ウィルダネス】盤の西半分は二番生えの樫と松の密叢である。移動力を三つ食い、守る側の戦闘力が二倍になり、砲の視線が通らない。開墾地はチャンセラーズヴィルの十字路、フェアビュー、ヘイゼル・グローブ、ウィルダネス教会、タリー農場、カサリン鎔鉱炉しかない――だから砲はそこにしか置けず、五月三日の朝の戦闘はその六か所を巡って起きる。ヘイゼル・グローブは周囲より高く、あそこを渡すとフェアビューにも十字路にも砲が届く。東はゾウン教会の稜線から先が開けた耕地になる。 【石垣と塹壕】アーリーの防御線は、マリーの丘の窪んだ道の石垣から尾根伝いに南へ、ウィリス・ヒル、ハウィソン・ヒル、リー・ヒル、ディープ・ランを経てプロスペクト・ヒルまで、六マイルにわたって連続している(東・南東・北東向き。一万一千でこれだけの長さを守るのだから、どこも薄い)。西にも二か所ある――ゾウン教会とタバナクル教会の塹壕(西向き・アンダーソンが四月三十日の夜に掘った)と、十字路とフェアビューとヘイゼル・グローブの胸墻(南と東向き・北軍が五月一日の午後に伐り倒して築いた)。いずれも平地の上に置いてある――この規則では、防御が既に二倍の地形(町・岩地・湿地)の上に柵を置いても何も起きないからである。 【I軍団はまだ来ていない】盤の北の縁、スタフォード裁判所への街道から、T4(五月三日の夜明け)・T5・T6の三波に分かれてレイノルズのI軍団が入ってくる――ワズワース師団の鉄旅団、カトラー、フェルプス、ポール、ロビンソン師団のルートとバクスター、ダブルデイ師団のローリーとストーン、砲兵ウェインライト。彼らは五月二日の夕方に命令を受け、二十マイルを夜のうちに歩いてきた。入場と同時に北軍の枠は四十から五十七に増える。 【指揮官】北軍(くすんだ青緑の札):総司令官ジョセフ・フッカー少将。参謀長ダニエル・バターフィールド、砲兵長ヘンリー・ハント、地形主任G・K・ウォーレン。右翼はチャンセラーズヴィルに――V軍団ミード(グリフィン、サイクス、ハンフリーズの三個師団。旅団はバーンズ、マクウェイド、ストックトン、エアーズ、バーバンク、オローク、タイラー、アラバック、砲兵ウィード)、XII軍団スローカム(ウィリアムズ師団のナイプ、ロス、ルーガー/ギアリー師団のキャンディ、ケイン、グリーン/砲兵ベスト)、XI軍団ハワード(デヴンズ師団のフォン・ギルザとマクリーン、シュルツ師団のシンメルフェニヒとクシジャノフスキ、フォン・シュタインヴェーア師団のブッシュベックとバーロウ、砲兵ディルガー)、II軍団カウチ(ハンコック師団のコールドウェル、ミーガー、ズーク、ブルック/フレンチ師団のキャロルとヘイズ)、III軍団シックルズ(バーニー師団のグレアム、ウォード、ヘイマン/ベリー師団のカー、リヴィア、モット/ホイップル師団のフランクリン、ボウマン、バーダンの狙撃兵/砲兵ランドルフ)、騎兵プレザントンのデヴィンとヒューイ。左翼はフレデリックスバーグに――VI軍団セジウィック(ブルックス師団のブラウン、バートレット、ラッセル/ハウ師団のグラントとニール/ニュートン師団のシェイラーとウィートン/バーナムの軽師団/砲兵トムキンズ)、対岸ファルマスにギボン師団(サリー、オーウェン、ホール)と予備砲兵タイラー。騎兵の主力はストーンマンと共に南のリッチモンド方面へ出ており、盤に居ない。 南軍(くすんだローズの札):総司令官ロバート・E・リー大将。第II軍団トマス・J・ジャクソン中将、その砲兵長クラッチフィールド、地図を描いたジェデディア・ホチキス、工兵ボズウェル。迂回した三線は――第一線がロードス師団(ドールズ、オニール、ラムザー、コルクィット、アイヴァーソン)、第二線がコルストン師団(パクストンのストーンウォール旅団、ジョーンズ、ニコルズ、ウォレン)、第三線がA・P・ヒルの軽師団(ヘス、ペンダー、レイン、マゴーワン、アーチャー、トマス)。十字路の南東で牽制しているのが第I軍団のアンダーソン師団(ウィルコックス、マホーン、ポージー、ライト、ペリー)とマクローズ師団(カーショー、セムズ、ウォフォード、砲兵アレグザンダー)。騎兵はJ・E・B・スチュアート少将――盤にはフィッツヒュー・リーとウィッカムが出ている。フレデリックスバーグにはアーリー師団(ヘイズ、ホーク、スミス、ゴードン)とバークスデール旅団、予備砲兵ペンドルトン。ロングストリート中将はフッドとピケットの二個師団を連れてサフォークに居り、この会戦には間に合わない。 【この二十時間で決めること】北軍――巻かれていく右翼をどこで止めるか。ブッシュベックの線か、フェアビューの砲列か、それとも十字路そのものか。鎔鉱炉へ出したシックルズの軍団を呼び戻すか、あのまま南軍の後方に置いておくか(呼び戻せば正面は厚くなるが、鎔鉱炉の旗は南軍のものになる)。ヘイゼル・グローブをいつまで持つか。セジウィックはマリーの丘へ何回突撃するか――抜ければ南軍の枠が十落ちるが、抜けなければ西は助からない。南軍――十字路まで二マイルを二十時間でどう詰めるか。東の三十駒を、いつ西へ振り向けるか。バンクス・フォードを誰に守らせるか。 【結末】その夜、攻撃は暗くなっても続いた。九時ごろ、ジャクソンは前方の偵察から戻るところを、自軍の第十八ノースカロライナ連隊――盤の Lane の旅団――に撃たれる。左腕を落とされ、八日後に肺炎で死んだ。リーは「彼は左腕を失った。私は右腕を失った」と言った。三日の朝、スチュアートが代わって攻め、シックルズが夜のうちに引いたヘイゼル・グローブへアレグザンダーが三十門を上げる。九時十五分、チャンセラーズ邸の柱に砲弾が当たり、寄りかかっていたフッカーは気を失って倒れた。目を覚ました彼は、七万をまだ持ったまま、全軍を川へ向けて後退させる指示を出す。同じ朝、セジウィックは三度目の突撃で石垣を抜き、西へ急いだが、夕方セイラム教会で止められた。四日、リーは向きを変えてセジウィックをバンクス・フォードの袋へ押し込み、五日の夜セジウィックはスコッツ・フォードを渡って北岸へ抜ける。六日の未明、フッカーの十三万はU.S.フォードを渡って引き揚げた。北軍の損害一万七千百九十七、南軍一万二千七百六十四。南軍にとっては全軍の二割二分である。リーはこの勝ちかたをもう一度やるつもりで、六週間後に北へ出た。   「用意はいいか、ロードス将軍」「はい」   「では、進め」   鹿と兎が、兵より先に森から駆け出してきた   その夜、撃ったのは自分の兵だった   左腕を失ったのは一人で、右腕を失ったのは軍である   この勝ちかたを、リーは六週間後にもう一度やろうとした 四月二十七日から五月二日の昼までは畳んだ――渡河機動、五月一日の前進と引き返し、そしてジャクソンの十二マイルの行軍である。盤はその行軍が終わった五月二日の午後四時から、三日の夕方六時までの二十時間だけである。ストーンマンの騎兵襲撃と、サフォークのロングストリートは史実で不在。五月四日以降の反転と撤退は上の【結末】に書いた。旅団は連隊へ割ってある。実名を出せたのは鉄旅団・アイルランド旅団・ストーンウォール旅団・ヴァーモント旅団・第一ニュージャージー旅団・ルイジアナ・タイガーズ・バークスデール・マゴーワン・カーショー・合衆国狙撃兵の連隊である。人数では北軍十一万九千七百対南軍六万九百だが、盤の戦闘力では836対997にしてある――迂回を終えたジャクソンの三線だけ一駒あたりを重くしてあるためで、これは人数ではなく「側背に展開し終えた態勢」を書いたものである(この盤は奇襲の規則を使っていない)。 1ヘクス=300m、1ターン=120分、1CS≒150名。移動力は歩兵8・砲兵6・騎兵10。T1=5/2 16:00(横隊が組み終わる)、T2=18:00(側面攻撃)、T3=20:00(暗くなっても続く追撃)、T4=5/3 06:00(スチュアートの攻撃・セジウィックの突撃・I軍団が北から入る)、T6=10:00(十字路とマリーの丘)、T10=5/3 18:00(最終ターン。セイラム教会)。一度に動かせるのは北軍40駒(T4にI軍団が入って57駒。バンクス・フォードを取れば更に8増え、タリー農場を失えば32駒)、南軍は147駒すべて(マリーの丘を失えば137駒)。

地図

周辺図(概略) チャンセラーズヴィル フレデリックスバーグ カルペパー オレンジ ワシントン リッチモンド アクイア・クリーク(補給港) スポットシルヴェニア ラッパハノック川 ラピダン川 ウィルダネス ポトマック川 ← ブルー・リッジ ノース・アナ川
周辺図(概略)
戦場図(概略) チャンセラーズヴィル フレデリックスバーグ マリーの丘(石垣) セイラム教会 ゾウン教会 ファルマス ウィルダネス教会(XI軍団) カサリン鎔鉱炉 ヘイゼル・グローブ U.S.フォード バンクス・フォード フランクリンズ・クロッシング ハミルトンズ・クロッシング ラッパハノック川 ウィルダネス ジャクソンの迂回 → ← オレンジへ
戦場図(概略)