マルサリアの戦い
1693年 · ヨーロッパ 重量
フランス軍 — 同盟軍 · 12ターン · 駒 82
ブリーフィング
敵が確かに届くところまで、撃つな
――カティナ元帥が歩兵に与えた命令(伝えの要旨)
ピエモンテ、トリノの南西。1693年の夏、サヴォイア公ヴィットーリオ・アメデーオ2世の率いる同盟軍は、フランスの要塞ピネローロを囲んでいた。新たに元帥となったカティナは、アルプスのフェネストレッレで援軍を待ち、スーザの谷を下りて同盟軍の背後に回り込み、ピオッサスコの丘の麓に陣を敷いた。公は包囲を捨て、将軍たちの反対を押し切って野戦に出た。
10月4日の朝、霧が晴れる。南のヴォルヴェーラから北西のピオッサスコの正面まで、4kmの平地に同盟軍が並ぶ。右翼の騎兵はカプラーラとオイゲン公、左翼はミラノの騎兵とドイツの騎兵、中央はパールフィの歩兵(左にスペインの4個連隊、右にドイツ兵とワルドー派・ユグノー)。その前に砲31門と、掘ったばかりの堀がある。北のフランス軍は、中央に歩兵二線、右翼のヴァンドーム公の騎兵がピオッサスコの丘から下りてくる。朝9時、砲が火を噴く。
【フランス軍の勝ち方】一度に動かせるのは14駒。歩兵の戦闘力は4(同盟軍は3)。撃たずに近づき、銃剣で突っ込んだ歩兵である。拠点はピオッサスコ(20点)・テッティ・フランチェージ(10)・ブルイーノ(10)を持って始まり、同盟軍のヴォルヴェーラ(20)とトリノへの道のオルバッサーノ(10・どちらのものでもない)を取れば点差が開く。中央の同盟軍は堀の陣地(防御×2)に立つ。勝利線は+70。フランス軍から見た点差が+70を上回れば、史実よりよく戦ったことになる。
【同盟軍の勝ち方】一度に動かせるのは13駒。寄せ集めの軍で、ミラノの騎兵は弱い(この日、戦わずに退いた)。左翼が丘から下りてくる騎兵を止められるかどうかで、中央の堀が生きるかが決まる。
【指揮官】フランス:カティナ元帥(Catinat)/ヴァンドーム公ルイ=ジョゼフ(Vendome)/その弟の大修道院長フィリップ(Grand Prieur)/ラレ侯(Larre)/ド・ヴァン侯(de Vins)/歩兵を率いたラ・オゲット(La Hoguette)とデュッソン(d'Husson)。アイルランド旅団(Mountcashel・Dillon・Clare)はこれがフランス軍での初陣で、西欧で初めての驃騎兵(Hussars)もいた。名の伝わらない旅団と騎兵の駒は、隊の位置で呼んだ。
同盟軍:サヴォイア公ヴィットーリオ・アメデーオ2世(Victor Amadeus)/オイゲン公(Eugene)/カプラーラ元帥(Caprara)/ミラノ総督レガネス侯(Leganes)/ルーヴィニー伯(Louvigny)/マセ将軍(Masset)/パールフィ伯(Palffy)/ラビュタン伯(Rabutin)/ユグノーを率いた2代ショーンバーグ公(Schomberg・この日討死)。スペインのリスボン・テルシオ(Lisboa)。
【この盤で試せる判断】
・(仏)右翼の騎兵をピオッサスコの丘から下ろし、同盟軍の左翼を包むか。中央の歩兵を先に堀へ当てるか。
・(仏)撃ち合いを避け、どこで一斉に突っ込むか。
・(同盟)右翼の良い騎兵を、崩れかけた左翼へ回すか。回せばヴォルヴェーラが空く。
【結末】フランス軍は砲を先に立ててゆっくり進み、敵の射撃に耐えて間合いを詰めると、第一線がいっせいに銃剣で突っ込んだ。同盟軍の右翼は三度の突撃に耐えたが、ヴァンドームの騎兵が左翼を包むとスペイン兵は崩れ、ミラノの騎兵は一度も戦わずに戦場を去った。リスボン・テルシオは小川を盾に最後まで戦って押しつぶされ、ユグノーとワルドー派の大隊も壊滅し、ショーンバーグ公が討たれた。囲まれかけた公は竜騎兵の突撃で追撃を遅らせ、オイゲン公たちはトリノとモンカリエーリへ退いた。同盟軍の損害は死傷8,000〜10,000に捕虜2,000、砲は全部失った。フランス軍は1,800。カティナはその夜、近くのマルサーリアの小館に宿り、王への報告をそこから書いた。戦いの名はこの館から取られている。それでも同盟軍は散らず、冬が来て、3年後に公はフランスと単独で和を結んだ。
霧が晴れて、丘から騎兵が下りた
歩兵は、撃たずに歩いた
届くところで、銃剣を下ろした
ミラノの騎兵は、戦わずに去った
テルシオは、小川を背に倒れた
戦いの名は、元帥の泊まった館から付いた
両軍の数は、フランス軍3万5千余、同盟軍はそれよりやや少ないとされる。フランス側の連隊名は確かな序列が伝わらないため、アイルランド旅団・憲兵隊(Gendarmerie)・驃騎兵のほかは隊の位置で呼んだ。銃剣の突撃は、戦列をなした歩兵による最初期の例とされる。
1ヘクス=350m、1ターン=30分、1CS≒500名。T1=10月4日09:00、T12=14:30。
地図
マルサーリア
トリノ
ピネローロ(仏の城・同盟軍が包囲)
スーザ(カティナが下りた谷)
フェネストレッレ
モンカリエーリ
ポー川
アルプス
カティナの進軍(9月)
ピオッサスコ(丘)
ヴォルヴェーラ
テッティ・フランチェージ
ヴァンドーム公の騎兵
撃たずに銃剣で
同盟軍の砲31門と堀
→ トリノ・モンカリエーリへ退く
キゾラ川
サンゴーネ川