ギルフォード裁判所の戦い
1781年 · 北米 中量
英軍(コーンウォリス) — 大陸軍(グリーン) · 11ターン · 駒 44
ブリーフィング
"We fight, get beat, rise, and fight again."
「我々は戦い、打ち負かされ、立ち上がり、また戦う」──ナサニエル・グリーン、1781年4月、フランス公使ラ・リュゼルヌへの手紙。ギルフォード裁判所の六週間後に書かれた。
1781年3月15日、昼すぎ。ノースカロライナ、ギルフォード郡の裁判所の西。二月の「ダン川への競走」でコーンウォリスに追われ続けたグリーンは、援軍を得て引き返し、ここで迎え撃つことにした。二か月前のカウペンズでモルガンが民兵に言った「二発だけ撃て、それから下がれ」を、軍の規模で敷く。一本目の線は森の縁の横木の柵の後ろのノースカロライナ民兵、二本目は三百ヤード後ろの森の中のヴァージニア民兵、三本目はさらに五百五十ヤード後ろ、裁判所の手前の丘の大陸軍の正規兵。コーンウォリスの兵は千九百。倍以上の相手に、正面から歩いてくる。
【勝ち方】勝敗は点差ひとつで決まる。点差=(自軍が支配する拠点の点 − 敵軍が支配する拠点の点)+(敵に与えた損害 − 自軍が受けた損害)+(盤の外へ抜けた自軍の脱出の点)。拠点は五か所で八〇点:ギルフォード裁判所三〇・三本目の線二〇・二本目の線一〇・一本目の線一〇・ホスキンズ農場一〇。大陸軍は最初に七〇点を持ち、英軍は一〇点。大陸軍は北の縁のリーディ・フォーク道の口から盤の外へ抜けると、戦闘力一につき十点(退却。軍を保つことがグリーンの勝ち方だった)。脱出の点は合計二十八点で頭打ちになる。英軍から見た点差が勝利線(+23点)より上で終われば英軍の勝ち、下なら大陸軍の勝ち。差が7点を超えれば戦術的勝利、56点で作戦的勝利、112点で戦略的勝利。7点に届かなければ引き分けである。
【先に動く側】英軍が先に動く。
【丘の上の正規兵】三本目の大陸軍の正規兵(第4・第5ヴァージニア、第1・第2メリーランド、フィンリーの砲)は待機している。T4(14時15分)から少しずつ起き、攻められればその場で起きる。グリーンは前の二本が時間を稼ぐ間、彼らを丘の上で待たせた。
【柵】一本目の民兵は、森の縁の横木の柵(陣地)の後ろに居る。柵越しに攻められると防御が二倍になる。
【一度に動かせる数】英軍は一五(ほぼ全軍)。大陸軍は一四。
【両翼の外】南の外にはリー中佐の部隊(騎兵と歩兵)とキャンベル大佐のライフル兵、北の外にはカークウッドのデラウェア中隊、リンチのライフル兵、ワシントン中佐の竜騎兵が居る。ライフル兵と猟兵と砲は二升先まで撃てる。
【指揮官】英軍:Cornwallis=チャールズ・コーンウォリス伯、Webster=ジェイムズ・ウェブスター大佐(第23・第33連隊)、O'Hara=チャールズ・オハラ准将(近衛第2大隊)、Leslie=アレグザンダー・レスリー少将とdu Buy(ヘッセンのフォン・ボーゼ連隊)、Fraser=第71連隊(フレイザー・ハイランダーズ)、Norton=近衛第1大隊、Hall=近衛の擲弾兵、von Wurmb=猟兵、Guards=近衛の軽歩兵、Tarleton=バナスター・タールトンの英国軍団、MacLeod=王立砲兵。大陸軍:Greene=ナサニエル・グリーン、Butler・Eaton=ノースカロライナ民兵、Stevens・Lawson=ヴァージニア民兵、Green・Hawes=第4・第5ヴァージニア、Gunby・Ford=第1・第2メリーランド、Washington=ウィリアム・ワシントンの竜騎兵、Lee=ヘンリー・リーの部隊、Campbell・Lynch=ライフル兵、Kirkwood=デラウェア中隊、Singleton・Finley=大陸軍の砲。駒の上の名は指揮官、下は部隊である。
【この盤で試される判断】ひとつめ(英軍)。三本の線を一本ずつ正面から抜くか、両翼の外の小さな線を先に払うか。外へ流れるほど、本隊は細くなる。
ふたつめ(英軍)。二本目を抜いたあと、残った兵で三本目の丘へ登るか。丘の前の窪地は開けていて、正規兵が待っている。
みっつめ(大陸軍)。民兵の線をどこまで粘らせるか。一本目は弱い。抜かれるのは時間の問題で、問われているのは何ターンもたせるかである。
よっつめ(大陸軍)。三本目の正規兵を最後まで丘で戦わせるか、リーディ・フォーク道から北へ抜いて軍を保つか。
【結末】一本目の民兵は一斉射撃を放ち、英軍が止まって撃ち返し、銃剣で走ってくると、柵を越えて森へ消えた。二本目のヴァージニア民兵は森の中で半時間以上もちこたえ、英軍の両翼は南と北へ流れて別々の戦いになった。ウェブスターの第33連隊が三本目の丘へ駆け上がり、第1メリーランドに押し返された。近衛第2大隊は第2メリーランドを崩して大砲を取ったが、第1メリーランドが横から、ワシントンの竜騎兵が後ろから突っ込んだ。コーンウォリスは敵味方の入り混じる所へぶどう弾を撃つよう命じ、乱戦を止めた。
グリーンは正規兵を危険にさらさず、リーディ・フォーク道を北へ退いた。英軍は戦場を取り、四分の一以上を失った。ウェブスターは傷がもとで死んだ。ロンドンでチャールズ・ジェイムズ・フォックスは「もう一度こんな勝ち方をすれば、英軍は滅ぶ」と言った。コーンウォリスはウィルミントンへ退き、そこからヴァージニアへ北上する。行き着いた先がヨークタウンである。
二発撃て、それから下がってよい
柵の後ろの民兵は、森へ消えた
森の中で、二本目が半時間を買った
丘の上で、正規兵が銃剣を構えて待っていた
戦場を取った軍は、その秋、海辺の町で旗を下ろす
盤は3月15日13時半から16時まで。戦いの前の両軍の砲の撃ち合いと、夕方の雨の中の英軍の負傷者の収容は盤に載せていない。盤の外の北で、グリーンは十マイル退いてトラブルサム・クリークの製鉄所で軍を立て直した。
1ヘクス=120m、1ターン=15分、1CS≒50名。T1=3/15 13:30(英軍の前進)、T3=14:00、T4=14:15(三本目の正規兵が起き始める)、T6=14:45、T11=16:00。
地図
ギルフォード裁判所
ダン川(2月の「川への競走」)
カウペンズ(1月17日)
ウィルミントン(英軍の退き先)
→ ヨークタウン(10月)
コーンウォリス(1,900)
グリーン(4,400)
一本目:ノースカロライナ民兵(二発撃て)
二本目:ヴァージニア民兵
三本目:大陸軍の正規兵
コーンウォリス(1,900)
両翼の別の戦い(フォン・ボーゼとキャンベル)
ぶどう弾(敵味方の入り混じる所へ)
ギルフォード裁判所
リーディ・フォーク道(グリーンの退路)