シナリオ

牛渚・神亭の戦い

195年 · 中国 中量

孫策軍 — 劉繇軍 · 11ターン · 駒 52

ブリーフィング

「孫郎竟云何!」 「孫郎がどうしたと言うのだ」――孫策、自分は死んだという報せが流れた笮融の営の下で、左右の者に大声で呼ばせて(『三国志』呉書孫討逆伝の注に引く『江表伝』) 背中に長江、足もとに兵糧庫。盤はそこから始まる。 興平二年。寿春の袁術から父の旧兵千余を返された孫策は、歴陽で五、六千を集め、長江を渡って牛渚の営を取った。邸閣の糧穀と戦具は、ことごとく策のものになった。盤の西の端、Niuzhu の升がそれである。 東に揚州刺史・劉繇の領分が広がる。秣陵の城に彭城相の薛禮、その南の険しい地に下邳相の笮融。湖孰、江乘、句容に守兵。いちばん東の曲阿に劉繇がいる。その南の神亭の岡に、劉繇が大将には用いず偵察にだけ出した男が一人いる。太史慈である。 【渡った側 ── 孫策軍】24駒。一度に動かせるのは8駒。牛渚の邸閣を持っている間は、3が加わる。邸閣は点にならない。奪われれば、加算は消える。 【守る側 ── 劉繇軍】28駒。うち四駒(樊能・于麋・張英と江辺の兵)は盤の外にいて、T5に南の縁、牛渚のすぐ後ろへ出る。一度に動かせるのは7駒。曲阿の劉繇と揚州兵の五駒は待機部隊で、攻められるか敵が隣へ来るまで動かない。 【点】勝敗は点差ひとつで決まる。点差=(自軍が支配する拠点の点数 − 敵軍が支配する拠点の点数)+(敵に与えた損害 − 自軍が受けた損害)。拠点は七つで100点、開幕はすべて劉繇軍のものである:曲阿30・秣陵20・笮融の営15・湖孰10・江乘10・句容10・神亭5。孫策軍から見た点差が勝利線(+6点)より上で終われば孫策軍の勝ち、下なら劉繇軍の勝ち。線から9点離れれば戦術的勝利、70点で作戦的勝利、140点で圧倒的勝利。9点に届かなければ引き分けである。 【駒の名】孫策軍:Sun Ce=孫策、Zhou Yu=周瑜、Cheng Pu=程普、Lu Fan=呂範、Huang Gai=黄蓋、Han Dang=韓当、Song Qian=宋謙(この三人は神亭で策に従った十三騎のうち)、Jiang Qin=蒋欽、Zhou Tai=周泰、Chen Wu=陳武、Ling Cao=凌操、Wu Jing=呉景、Sun Ben=孫賁、Xu Kun=徐琨、Sun He=孫河。Old Guard=父・孫堅の旧兵、Danyang=周瑜が丹楊から連れてきた兵、Liyang=歴陽で集まった兵。劉繇軍:Liu Yao=劉繇、Taishi Ci=太史慈、Xue Li=薛禮、Ze Rong=笮融、Yu Zi=于茲、Fan Neng=樊能、Yu Mi=于麋、Zhang Ying=張英。駒になっていない人:張昭と張紘(策の参謀。兵を率いた記述が無い)、朱治(このとき呉郡で別に戦っていた)、許劭(劉繇の客。豫章へ逃げよと勧めた)。 【試せる判断】ひとつめ(孫策軍)。T5に、樊能らが牛渚の後ろへ出る。前へ進む兵を割いて守りを残すか、取られてから戻るか。史実の策は取られてから戻り、破った。 ふたつめ(孫策軍)。笮融の営は険しい地にあり、15点。史実の策は「地勢険固」と見て捨て、湖孰と江乘へ回った。捨てるか、抜くか。 みっつめ(劉繇軍)。曲阿の五駒は動かない。動かせる7駒で、秣陵の線を支えるか、牛渚の後ろへ出る四駒に合わせて西へ押すか。 【結末】策が秣陵を攻めるあいだに、樊能・于麋らは兵を集め直して牛渚の屯を奪い返した。策は戻ってこれを破り、男女万余を得た。ふたたび笮融を攻めて、流れ矢を股に受ける。馬に乗れず、輿で牛渚へ戻った。「孫郎は矢に当たって死んだ」と告げる者があり、笮融は喜んで将の于茲を出す。策は数百の兵に挑ませ、刃を交える前に偽って走らせ、伏せた兵の中で千余を斬った。それから営の下へ行き、左右に呼ばせた。賊は夜のうちに遁げた。 湖孰と江乘が落ち、劉繇は軍を棄てて丹徒へ走り、豫章へ逃れた。策は曲阿に入り、「降る者は問わない。従軍を望む者は来い。望まぬ者に強いるな」と布れた。十日のうちに兵二万余、馬千余匹が集まる。太史慈はのちに涇県で捕らえられ、策は縛めを解いて手を取り、神亭の時を覚えているかと訊いた。 五年のち、策は狩りの途中で射られて死ぬ。二十六歳だった。   背中に江、足もとに糧   前へ進めば、後ろで取り返される   股に矢、輿、死んだという報せ   孫郎がどうしたと言うのだ   十日で二万   五年 曲阿と神亭を十一ターンで届く所へ置くために、句容より東は東西の距離を六割に畳んである。于茲を釣った偽りの退却は、規則にはしていない。月日は史書に無く、ターン表には年だけを出す。神亭の位置と、樊能らが兵を集め直して現れた方角は推定である。 1ヘクス=4km(句容より東は畳んである)、1ターン≒3日、1CS≒100名。T1=興平二年(牛渚の営を取った後)、T5=樊能・于麋が南の縁に出る、T11=終わり。

地図

周辺図(概略) 牛渚 寿春(袁術) 歴陽(策の兵、五、六千) 横江・当利口 秣陵 曲阿(劉繇) 呉 → 会稽 → 豫章(劉繇の逃れた先) 長江 太湖 孫策、江を渡る
周辺図(概略)
戦場図(概略) 牛渚の邸閣(糧穀・戦具) 樊能・于麋、背後を襲う 秣陵(薛禮) 笮融の屯(門を閉じる) 湖孰 江乘 句容 曲阿(劉繇は動かない) 神亭(太史慈の偵察) 茅山 長江 → 丹徒
戦場図(概略)