ナンシーの戦い
1477年 · ヨーロッパ 軽量 体験版に収録
スイス・ロレーヌ軍 — ブルゴーニュ軍 · 5ターン · 駒 43
ブリーフィング
Je l'ay emprins.
「われ、これを企てたり」――シャルル勇胆公の標語
ナンシー、1477年1月5日、ロレーヌ公国。ブルゴーニュ公シャルル(勇胆公)は前年10月からロレーヌの首都ナンシーを囲んでいた。グランソン、ムルテンと二度スイス人に敗れ、これが三度目の冬である。凍死と脱走と疫病で軍は痩せ、2万を数えた軍はこのとき8千を切っていた。家臣は撤退を勧めたが、公は動かなかった。ロレーヌ公ルネ2世はスイス盟約者団・アルザス諸都市・オーストリアに援軍を求め、2万の軍を集める。シャルルは市の南に陣を敷いた――背中にナンシー、正面にジャルヴィルの小川、右翼をソールプの森と高みに、左翼をムルト川に依託し、砲30門を街道の口へ向けて。連合軍は正面から来なかった。地元の案内人が示した樵の小路から森を抜け、右翼の裏へ回り込む。正午(T4)、ウーリの雄牛の角笛とルツェルンの雌牛の角笛が三度鳴り、横から長槍の塊がぶつかった。一時間で終わった。逃げ道も無かった。離反したカンパバッソ伯がブクシエールの橋を塞いでいたからである。
【勝ち方】勝敗は点差ひとつで決まる。点差=(自軍が支配する拠点の点数 − 敵軍が支配する拠点の点数)+(敵に与えた損害 − 自軍が受けた損害)。勝敗の境目は連合軍+40点。連合軍は+47点以上のリードで勝ち、ブルゴーニュ軍は連合軍のリードを+33点以下に抑えれば勝ち。その間は引き分けである。境目からさらに59点で作戦的勝利、118点で圧倒的勝利(ブルゴーニュ軍から見れば−19点・−78点)。盤の拠点は全部で90点。うち25点のナンシー市は開幕から連合軍のもので――籠城が続いているからだ――ここが落ちれば連合軍が25点を失い、ブルゴーニュ軍が25点を得る。ひとつの拠点が50点ぶん動く。
【この盤で一番大事なのは小川】中央を東西に流れるジャルヴィルの小川を渡って攻めると、守る側の防御が2倍になる。渡らずに済む口は2つだけ――街道の橋(Jarville Bridge。砲が睨んでいる)と、ソールプの森を通る樵の小路。
【ブルゴーニュ軍】シャルル勇胆公(Charl・この会戦で戦死)、大庶子アントワーヌ(Anton・捕虜)、シメー伯フィリップ・ド・クロイ(Croy・捕虜)、フィリップ・ド・クレーヴ(Cleve)。イングランド弓兵(Engli Bows)、砲30門を2隊にまとめた Guns No1/No2。長槍はブラバント・フランドル・エノー・ルクセンブルク・ピカルディ・ブルゴーニュ本国の徴募(Braba/Flemi/Haina/Luxem/Picar/Burgu)、イタリア人傭兵(Itali Foot)。Braba・Luxem・Itali の3隊は市の囲みに割かれている。
【連合軍】総大将はロレーヌ公ルネ2世(Rene)。先鋒はヴィルヘルム・ヘルター・フォン・ヘルトネック(Herte)=森を抜けた迂回隊。ハンス・フォン・ハルヴィル(Hallw)、クラウス・フォン・ボンシュテッテン(Bonst)。スイス盟約者団はベルン・チューリヒ・ルツェルン・ウーリ・シュヴィーツ・ウンターヴァルデン・ツーク・グラールス・ゾロトゥルン・フリブール・バーゼル(Bern/Zuri/Luzer/Uri/Schwy/Unter/Zug/Glaru/Solot/Fribo/Basel)。アルザス諸都市はストラスブール・コルマール・シュレットシュタット(Stras/Colma/Schle/Alsac)。右の欄は階梯で、Van=先鋒・Main=本隊・Rear=後備。ナンシーの籠城守備隊(Nancy Foot1/2)は待機部隊で、囲みが3ヘクス以内で4CSを割ると撃って出る。離反したカンパバッソ伯(Campo)は連合軍の駒だが自分からは動かない――退路を塞いでいるのが役目である。
【この盤で試せる判断】正面から行くか森を回るか。5ターンしかなく、回るなら最初のターンから回る。ブルゴーニュ軍として囲みをどれだけ残すか(手薄にすると籠城兵が背中から出る)。ブルゴーニュ軍は5ターンのあいだ、連合軍にリードを許さなければよい。ムルト川を背にした駒は退けない。
【結末】シャルルは崩れる戦列の中へ馬を進めて、そのまま消息を絶った。遺体は二日後、凍った池のほとりで見つかる――身ぐるみを剥がされ、顔は獣に傷めつけられ、主治医が古傷と伸びたままの爪だけを頼りに本人と見分けた。四十三歳。グランソンで宝を失い、ムルテンで兵を失い、ナンシーで自分を失った。ブルゴーニュ公国はこの日に終わる。パリとウィーンのあいだで最も豊かだった中間の国に残されたのは、ひとり娘のマリーだけだった。マリーはハプスブルク家のマクシミリアンと結ばれ、フランドルの毛織物と金は帝国へ渡り、公国そのものはフランス王が呑む。ロレーヌの雪の上に落ちたこの遺産をめぐって、フランスとオーストリアはこのあと四百年争うことになる。馬に乗った騎士の時代を、歩いて長槍を並べた者たちが終わらせた日でもある。
凍った池のほとりに、公はいた
旗も鎧も、名さえ剥がされて
古い傷と、伸びたままの爪
それだけが、彼を彼だと証した
残されたのは娘がひとり
持参金は、四百年ぶんの戦争だった
部隊名の一部は徴募地による名乗りで、指揮官と部隊の対応の一部は当方の編纂による推定を含む。
1ヘクス=200m、1ターン=45分、1CS≒250名。T1 = 09:30、T4 = 正午の総攻撃、T5 = 13:15。
地図
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