南北アメリカ(近代)
- テキサス独立 2
- 米墨戦争 2
- 南北戦争・東部戦線 31
- 南北戦争・西部戦線 13
- 南北戦争・トランス=ミシシッピ 22
- 南北戦争・ヴィックスバーグ戦役 11
- 南北戦争・東部戦線 15
- 南北戦争・チャタヌーガ戦役 11
- 南北戦争・オーヴァーランド戦役とシェナンドー 26
- 南北戦争・アトランタ戦役と西部の終盤 30
- 南北戦争・終盤の追撃 10
- メキシコ出兵 2
- パラグアイ戦争 1
テキサス独立 1836
アラモの戦い
SP-309 · 1836年 · 十三日守って、全員死ぬ
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 10ターン / 駒 44(メキシコ 30 ・ テキサス 14)
- 歴史的概要
- 古い伝道所に籠った二百弱が十三日間持ちこたえ、最後の総攻撃で全員が死んだ。「アラモを忘れるな」が次の戦いの合言葉になる。
- 主な武将
- テキサス: ウィリアム・トラヴィス(戦死)、ジェームズ・ボウイ(病床で戦死)、デイヴィー・クロケット(戦死)/メキシコ: サンタ・アナ、カストリリョン
- 史料
- メキシコ側の将校の日記、生存者(女性・子供)の証言
サン・ハシントの戦い
SP-310 · 1836年 · 昼寝の時間に、十八分で終わる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(テキサス 18 ・ メキシコ 22)
- 歴史的概要
- 午後の休息中のメキシコ軍の陣へ、テキサス軍が歩いて近づき、十八分で決着した。サンタ・アナは捕らえられ、テキサスの独立が決まる。
- 主な武将
- テキサス: サム・ヒューストン(足を負傷)、ラマー、「アラモを忘れるな」の叫び/メキシコ: サンタ・アナ(捕虜・農民の服で見つかる)、カストリリョン(戦死)
- 史料
- ヒューストンの報告、メキシコ側の証言
米墨戦争 1847
ブエナ・ヴィスタの戦い
SP-318 · 1847年 · 谷の口を塞いで、四倍を止める
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 62(アメリカ 24 ・ メキシコ 38)
- 歴史的概要
- テイラーは山と峡谷に挟まれた狭い台地を選んで四倍のメキシコ軍を迎えた。ブラッグの砲兵が最後の突撃を至近距離で撃ち払う。
- 主な武将
- アメリカ: ザカリー・テイラー(のち大統領)、ジェファソン・デイヴィス(のち南部連合大統領・負傷)、ブラッグ(砲兵)/メキシコ: サンタ・アナ
- 史料
- テイラーの報告、メキシコ側の記録
チャプルテペクの戦い
SP-319 · 1847年 · 城の坂を、梯子で登る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 54(アメリカ 32 ・ メキシコ 22)
- 歴史的概要
- メキシコ市の入口の丘城を、梯子をかけて登って落とした。士官学校の少年兵(ニーニョス・エロエス)が最後まで残り、メキシコの国民的記憶になる。
- 主な武将
- アメリカ: ウィンフィールド・スコット、ピロー、ユリシーズ・グラント(若い中尉)、ロバート・E・リー(工兵)/メキシコ: ニコラス・ブラーボ、ニーニョス・エロエス(少年兵)
- 史料
- スコットの報告、メキシコ側の記録
南北戦争・東部戦線 緒戦・半島・メリーランド)(1861 〜 1862
第一次ブルランの戦い
CE-1 · 1861年 · 見物人が来た戦争の始まり
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 12ターン / 駒 84(北軍 43 ・ 南軍 41)
- 歴史的概要
- 訓練不足の両軍が丘の上で押し合ううち、「あそこに石垣のように立つジャクソンがいる」の一言が生まれた。鉄道で運ばれてきた南軍の増援が横から入り、北軍は見物の市民ごと総崩れになる。
- 主な武将
- 北軍: マクダウェル、バーンサイド、キーズ/南軍: ボーリガード、J.E.ジョンストン(鉄道で到着)、トマス・J・ジャクソン(「石壁」)、ジューバル・アーリー
ビッグベセルの戦い
SP-345 · 1861年 · 味方同士が撃ち合って、最初の戦いが終わる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(北軍 24 ・ 南軍 16)
- 歴史的概要
- 東部で最初の陸戦。夜明け前の合流で北軍の二個連隊が味方同士と気づかず撃ち合い、そのまま統制を失って攻撃が失敗した。
- 主な武将
- 北軍: ベンジャミン・バトラー、エベネザー・ピアス、ジョン・グレブル(戦死・最初の正規将校の死)/南軍: ジョン・マグルーダー、D・H・ヒル
- 史料
- 双方の報告(OR=『南北戦争公式記録』)
ボールズブラフの戦い
SP-346 · 1861年 · 崖を背にして、船が足りない
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 42(南軍 22 ・ 北軍 20)
- 歴史的概要
- 川を渡った北軍が崖の上の狭い台地に押し込められ、渡し船が三艘しかなく退けなかった。多くが川で溺れ、上院議員でもあった指揮官が戦死する。
- 主な武将
- 北軍: エドワード・ベイカー(上院議員・戦死)、オリヴァー・O・ハワード/南軍: ナサン・エヴァンズ
- 史料
- OR、戦争遂行合同委員会の記録
フィリッピの戦い
SP-820 · 1861年6月 · 雨の夜明けに二方から襲われた南軍の野営地が、走って逃げ散る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 30(北軍 18 ・ 南軍 12)
- 歴史的概要
- マクレランの指揮下の北軍は、ヴァージニア西部のフィリッピに野営する南軍を、雨の夜を歩いて二方から夜明けに襲った。不意を突かれた南軍はほとんど戦わずに逃げ散り、北の新聞は「フィリッピの競走」と囃した。南北戦争で最初の組織だった陸の戦いとされる。
- 主な武将
- 北軍: トマス・モリス、ベンジャミン・ケリー(負傷)/南軍: ジョージ・ポーターフィールド
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
リッチマウンテンの戦い
SP-702 · 1861年7月 · 山の裏の道を地元の若者が案内して、峠の陣の背後へ出る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 36(北軍 20 ・ 南軍 16)
- 歴史的概要
- 西ヴァージニアで、ローズクランズ准将の北軍旅団は地元の若者の案内で山の裏道を回り、リッチマウンテンの峠の南軍陣地の背後に出て破った。指揮していたマクレランはこの勝利で名を上げ、ポトマック軍の司令官になる。
- 主な武将
- 北軍: ウィリアム・ローズクランズ、ジョージ・マクレラン(正面・動かない)/南軍: ジョン・ペグラム(捕虜)、ロバート・ガーネット(※別の地点)
- 史料
- Official Records(※)
カーニフェックス・フェリーの戦い
SP-821 · 1861年9月 · 川を背にした崖の上の陣を攻めあぐね、夜のうちに南軍が川を渡って消える
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 38(北軍 22 ・ 南軍 16)
- 歴史的概要
- ローズクランズの北軍は、ゴーリー川の崖の上に陣を構えたフロイドの南軍を午後に攻めた。突撃は退けられたが、川を背にした南軍は夜のうちに渡しで川を渡って退き、ヴァージニア西部の北軍の支配が固まった。
- 主な武将
- 北軍: ウィリアム・ローズクランズ、ヘンリー・ベナム/南軍: ジョン・フロイド
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ドレーンズヴィルの戦い
SP-822 · 1861年12月 · 荷車を守る南軍騎兵と北軍の旅団が、街道の上で鉢合わせる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 36(北軍 20 ・ 南軍 16)
- 歴史的概要
- スチュアートは荷車隊の糧秣集めを守ってドレーンズヴィルへ出たが、同じ道へ出てきたオードの北軍旅団と鉢合わせた。スチュアートは荷車を逃がすために攻めかかったが、高みを先に取った北軍に押し返され、荷車を守り切って退いた。
- 主な武将
- 北軍: エドワード・オード/南軍: J.E.B.スチュアート
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ゲインズミルの戦い 実装済み
CE-2 · 1862年 · 七日間のうちの一日
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 84(南軍 45 ・ 北軍 39)
- 歴史的概要
- 沼と小川に守られた北軍の陣地へ、南軍が半日で四度突っ込み、日没直前に全線で一斉に押して抜いた。リーが初めて勝った会戦で、以後、北軍は首都へ向けての前進をやめる。
- 主な武将
- 南軍: ロバート・E・リー、フッド(テキサス旅団・最初に抜く)、A.P.ヒル、ロングストリート、ジャクソン(遅れる)/北軍: フィッツ・ジョン・ポーター、サイクス、モレル、(動かない本隊)マクレラン
アンティータムの戦い 実装済み
CE-3 · 1862年 · 一日で二万三千
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 12ターン / 駒 60(北軍 32 ・ 南軍 28)
- 歴史的概要
- トウモロコシ畑・くぼ道・石橋の三つの場所で、朝・昼・夕と順に戦闘が起きた。北軍が三度別々に攻めたので、南軍はそのつど同じ兵を横へ動かして受け止められた。夕刻、A.P.ヒルの師団が17マイルを行軍して到着し、南軍を救う。
- 主な武将
- 北軍: マクレラン、フッカー、セジウィック(くぼ道)、バーンサイド(石橋)、マンスフィールド(討死)/南軍: リー、ジャクソン、D.H.ヒル(くぼ道)、A.P.ヒル(夕方に到着)、フッド
フレデリックスバーグの戦い
CE-4 · 1862年 · 石垣に十四回
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 14ターン / 駒 86(北軍 48 ・ 南軍 38)
- 歴史的概要
- 川を渡り、町を抜け、開けた坂を上ってマリーの丘の石垣へ、北軍は十四回突撃した。一人も石垣に届かなかった。リーは「戦争があまりに恐ろしくないものであったなら、我々はそれを好みすぎてしまうだろう」と言った。
- 主な武将
- 北軍: バーンサイド(自ら望まぬ総司令官)、サムナー、ハンフリーズ(最後の突撃)、ミーグァー(アイルランド旅団)/南軍: リー、ロングストリート、コッブ(石垣・討死)、ジャクソン(右翼)
ジャクソンの渓谷戦役・ケルナーズタウンからポートリパブリック
SP-347 · 1862年 · 一万七千で、六万を釘付けにする
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 14ターン / 駒 62(南軍 24 ・ 北軍 38)
- 歴史的概要
- ジャクソンは三か月で1000km近く歩き、三つの北軍を別々に叩いた。ワシントンが首都の守りを解かなかったため、半島の主力が増援を得られなかった。
- 主な武将
- 南軍: トマス・J・「ストーンウォール」・ジャクソン、リチャード・イーウェル、ターナー・アシュビー(戦死)、「足の速い歩兵」/北軍: バンクス、フリーモント、シールズ
- 史料
- OR、ヘンダーソン『ストーンウォール・ジャクソン』
ウィリアムズバーグの戦い
SP-348 · 1862年 · 後衛が、雨の中で一日稼ぐ
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 56(北軍 30 ・ 南軍 26)
- 歴史的概要
- ヨークタウンから退く南軍の後衛が、泥の道と堡塁で北軍を一日止めた。本隊はその間にリッチモンド方面へ退く。
- 主な武将
- 北軍: ジョー・フッカー、ウィンフィールド・S・ハンコック(「ザ・スーパーブ」の名を得る)、カーニー/南軍: ジェームズ・ロングストリート、ジュバル・アーリー、D・H・ヒル
- 史料
- OR、ジョンストンの回想
セブンパインズの戦い 実装済み
SP-349 · 1862年 · 総司令官が負傷して、リーが出てくる
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 64(南軍 34 ・ 北軍 30)
- 歴史的概要
- 増水した川で分断された北軍の半分を叩く作戦だったが、命令の行き違いで攻撃がばらばらになった。ジョンストンが負傷し、翌日ロバート・E・リーが北ヴァージニア軍の指揮を執る。
- 主な武将
- 南軍: ジョセフ・E・ジョンストン(重傷)、ロングストリート(道を間違える)、G・W・スミス、ロバート・E・リー(翌日から指揮)/北軍: キーズ、ヒンツェルマン、サムナー(増水した橋を渡る)
- 史料
- OR、ロングストリートの回想
メカニクスヴィルの戦い
SP-350 · 1862年 · 待っていた増援が来ないまま、沼を渡って突っ込む
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 56(南軍 32 ・ 北軍 24)
- 歴史的概要
- 七日間の戦いの初日。ジャクソンの側面攻撃を待ちきれずに A・P・ヒルが単独で攻撃を始め、沼と崖の上の陣地へ突っ込んで大きな損害を出した。
- 主な武将
- 南軍: A・P・ヒル(独断で攻撃)、リー、遅れるジャクソン/北軍: フィッツ・ジョン・ポーター、ジョン・F・レイノルズ
- 史料
- OR、ポーターの報告
グレンデール
SP-351 · フレイザーズファーム)の戦い(1862年 · 退却する軍の腹を、五方向から突く
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 64(南軍 34 ・ 北軍 30)
- 歴史的概要
- リーは退却中の北軍を五方向から同時に突いて二つに割ろうとしたが、到着がずれて正面だけの戦いになった。北軍は夜のうちに退く。
- 主な武将
- 南軍: リー、ロングストリート、A・P・ヒル、ヒューガー(道を塞がれて到着せず)、ジャクソン(沼の手前で止まる)/北軍: マッコール(捕虜)、ケアニー、ホーカー
- 史料
- OR、リーの報告
マルバーンヒルの戦い
SP-352 · 1862年 · 砲が並ぶ丘へ、歩兵が正面から登る
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 62(南軍 32 ・ 北軍 30)
- 歴史的概要
- 北軍は丘の上に250門の砲を並べ、南軍の歩兵は正面から登って撃ち払われた。D・H・ヒルは「あれは戦争ではなく殺戮だった」と書く。
- 主な武将
- 南軍: リー、D・H・ヒル、マグルーダー、ホイッティング/北軍: フィッツ・ジョン・ポーター、ヘンリー・ハント(砲兵指揮)、マクレラン(艦上)
- 史料
- OR、D・H・ヒルの記録
シーダーマウンテンの戦い
SP-353 · 1862年 · 崩れかけた線へ、将軍がサーベルを抜いて立つ
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 56(南軍 30 ・ 北軍 26)
- 歴史的概要
- 北軍の奇襲で南軍の左翼が崩れかけたとき、ジャクソン自身が軍旗とサーベルを掲げて前線に立ち、A・P・ヒルの師団が着いて押し返した。
- 主な武将
- 南軍: ジャクソン(自ら前線に立つ)、A・P・ヒル(時限増援)、ウィンダー(戦死)/北軍: ナサニエル・バンクス、クロフォード、オーガー(負傷)
- 史料
- OR、ジャクソンの報告
第二次ブルランの戦い
SP-354 · 1862年 · 鉄道の切り通しに拠って、二日耐えてから横腹を叩く
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 14ターン / 駒 72(南軍 36 ・ 北軍 36)
- 歴史的概要
- ジャクソンは未完成の鉄道の切り通しに兵を伏せて二日耐え、その間にロングストリートの三万が北軍の左翼へ回り込んで一斉に出た。南北戦争最大級の側面攻撃。
- 主な武将
- 南軍: リー、ジャクソン(切り通しに拠る)、ロングストリート(横から出る)、スチュアート/北軍: ジョン・ポープ、フィッツ・ジョン・ポーター(のち軍法会議)、シーゲル
- 史料
- OR、ロングストリートの回想、ポープの報告
サウスマウンテンの戦い
SP-355 · 1862年 · 落とした命令書のせいで、峠を守る羽目になる
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 62(北軍 34 ・ 南軍 28)
- 歴史的概要
- 南軍の作戦命令書(特別命令191号)の写しが落ちていて北軍の手に渡り、分散していた南軍は三つの峠を急いで塞いだ。アンティータムの三日前。
- 主な武将
- 北軍: マクレラン、バーンサイド、フッカー、レノ(戦死)/南軍: D・H・ヒル(少数で峠を守る)、ロングストリート、ギャーランド(戦死)
- 史料
- OR、マクレランの報告
ハーパーズフェリーの戦い
SP-356 · 1862年 · 周りの高地を全部取られて、一日で降りる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 54(南軍 32 ・ 北軍 22)
- 歴史的概要
- 三方を高地に囲まれた町の守備隊が、高地をすべて取られて砲撃を受け、一日で降伏した。南北戦争で最大の降伏(12,000名以上)。
- 主な武将
- 南軍: ジャクソン、マクローズ、A・P・ヒル/北軍: ディクソン・マイルズ(戦死)、白旗を上げる守備隊
- 史料
- OR、軍法会議の記録
ロアノーク島の戦い
SP-757 · 1862年2月 · 沼に挟まれた土手道の砲台を、腰まで水に浸かって横から取る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 44(北軍 28 ・ 南軍 16)
- 歴史的概要
- バーンサイドの遠征軍は海から島へ上陸し、島の中央の土手道を塞ぐ南軍の砲台へ向かった。両側は通れないとされた沼だったが、北軍の連隊は腰まで水に浸かって沼を抜け、砲台の両脇へ出た。南軍は崩れ、島の守備隊二千五百余が降伏した。
- 主な武将
- 北軍: アンブローズ・バーンサイド、ジョン・フォスター、ジェシー・リノ/南軍: ヘンリー・ショー
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ニューバーンの戦い
SP-758 · 1862年3月 · 守備線の真ん中に、民兵が守る煉瓦工場の隙間があった
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 46(北軍 28 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- バーンサイドはニューバーンの南で、ブランチの南軍が守る線を攻めた。線の中ほど、煉瓦工場の辺りは訓練の浅い民兵が守っており、北軍がそこを破ると線全体が崩れた。南軍は町を捨てて退き、ノースカロライナ沿岸の要地が北軍の手に入る。
- 主な武将
- 北軍: アンブローズ・バーンサイド、ジョン・フォスター、ジェシー・リノ、ジョン・パーク/南軍: ローレンス・O・ブランチ
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
第一次ウィンチェスターの戦い
SP-486 · 1862年5月 · 渓谷の追撃の果て
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 8ターン / 駒 40(南 22 ・ 北 18)
- 歴史的概要
- フロントロイヤルで北軍の側面を突いたジャクソンが、バンクスをウィンチェスターまで追い、町の南の丘で北軍を破ってポトマック川へ追い落とした。
- 主な武将
- 南: ジャクソン、ユーエル、テイラー(ルイジアナ旅団)/北: バンクス、ゴードン(ジョージ・H・)
- 史料
- Official Records
フロントロイヤルの戦い
SP-703 · 1862年5月 · 同じ州の名を持つ二つの連隊が、敵味方で撃ち合う
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 38(南軍 22 ・ 北軍 16)
- 歴史的概要
- ジャクソンの渓谷戦役。ジャクソンの南軍はフロントロイヤルの小さな北軍守備隊を急襲した。南軍のメリーランド第1連隊が北軍のメリーランド第1連隊と撃ち合い、北軍守備隊は橋を焼こうとしながら退いて降伏した。
- 主な武将
- 南軍: トーマス・"ストーンウォール"・ジャクソン、リチャード・ユーウェル、ターナー・アシュビー/北軍: ジョン・ケンリー(負傷・捕虜)
- 史料
- Official Records(※)
ハノーヴァー・コートハウスの戦い
SP-759 · 1862年5月 · 北軍の後ろへ回り込んだ旅団が、引き返してきた軍に挟まれる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 44(北軍 26 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- マクレランはリッチモンドの北で南軍の動きを断つため、ポーターの軍団の一部をハノーヴァー・コートハウスへ送った。ブランチの南軍旅団は北軍の後ろへ回り込んで一時押したが、引き返してきた北軍に挟まれて退いた。
- 主な武将
- 北軍: フィッツ・ジョン・ポーター、ジョージ・モレル/南軍: ローレンス・O・ブランチ
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ポートリパブリックの戦い
SP-487 · 1862年6月 · 二つの軍の間を、橋を焼いて
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 42(南 22 ・ 北 20)
- 歴史的概要
- ジャクソンは二つの北軍(フリーモントとシールズ)に挟まれながら、前日のクロス・キーズで一方を止め、翌日ポートリパブリックで他方を破り、橋を焼いて両軍を合わせなかった。
- 主な武将
- 南: ジャクソン、ユーエル、テイラー、ウィンダー/北: タイラー(シールズ師団)、フリーモント(川の向こう)
- 史料
- Official Records
クロスキーズの戦い
SP-704 · 1862年6月 · ポートリパブリックの前日、片方の翼で敵を止めておく
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(北軍 28 ・ 南軍 24)
- 歴史的概要
- ジャクソンの渓谷戦役の最後。フリーモント少将の北軍はクロスキーズでユーウェル少将の南軍師団を攻めたが、ユーウェルは尾根の線で受けて撃退した。翌日、ジャクソンはポートリパブリック(SP-487)でもう一つの北軍を破る。
- 主な武将
- 南軍: リチャード・ユーウェル、アイザック・トリンブル/北軍: ジョン・C・フリーモント、ルイス・ブレンカー(※)
- 史料
- Official Records(※)
セセッションヴィルの戦い
SP-760 · 1862年6月 · 沼に挟まれた狭い地峡の先の土塁へ、二度突っ込んで二度とも退けられる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(北軍 24 ・ 南軍 16)
- 歴史的概要
- チャールストンを狙う北軍はジェームズ島に上がり、セセッションヴィルの土塁(タワー砲台)を夜明けに襲った。土塁の前は沼に挟まれた狭い地峡で、北軍は少しずつしか前に出られず、二度の突撃はどちらも退けられた。北軍はジェームズ島を引き払う。
- 主な武将
- 北軍: ヘンリー・ベナム、アイザック・スティーヴンズ/南軍: トマス・ラマー(土塁の守将)、ネイサン・エヴァンズ
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
サヴェッジズステーションの戦い
SP-705 · 1862年6月 · 退く軍の後衛が、病院と物資を置いて鉄道の駅で戦う
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 56(北軍 30 ・ 南軍 26)
- 歴史的概要
- 七日間の戦いの四日目。ジェームズ川へ退くポトマック軍の後衛(サムナー准将の第2軍団)を、マグルーダー少将の南軍がサヴェッジズステーションで攻めた。北軍は持ちこたえたが、夜に二千五百人の傷病兵を残して退いた。南軍は鉄道砲(線路の上の砲)を使った。
- 主な武将
- 北軍: エドウィン・サムナー、ウィリアム・フランクリン(※)/南軍: ジョン・マグルーダー
- 史料
- Official Records(※)
シャンティリーの戦い
SP-488 · 1862年9月 · 雷雨の中で、二人の将軍が倒れる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 7ターン / 駒 34(北 16 ・ 南 18)
- 歴史的概要
- 第二次ブルラン(本書 SP-354)の後、退く北軍の側面を突こうとしたジャクソンを、北軍が雷雨の中で食い止めた。北軍のカーニーとスティーヴンスが戦死した。
- 主な武将
- 北: カーニー(戦死)、スティーヴンス(戦死)/南: ジャクソン、A・P・ヒル
- 史料
- Official Records
シェパーズタウンの戦い
SP-706 · 1862年9月 · アンティータムの二日後、川を渡ってきた北軍を押し返す
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(南軍 22 ・ 北軍 18)
- 歴史的概要
- アンティータムの後ポトマック川を渡って退いたリー軍の後衛を、北軍のポーター少将の部隊が川を渡って追った。A・P・ヒル少将の南軍が反撃し、北軍は崖と浅瀬の間で大損害を出して押し戻された。
- 主な武将
- 南軍: A・P・ヒル、ウィリアム・ペンドルトン(砲兵)/北軍: フィッツ・ジョン・ポーター、ペンシルヴェニア第118連隊(※新兵)
- 史料
- Official Records(※)
南北戦争・西部戦線 ケンタッキー・テネシー)(1861 〜 1862
ベルモントの戦い
SP-483 · 1861年11月 · グラントの最初の戦い
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 8ターン / 駒 34(北 16 ・ 南 18)
- 歴史的概要
- ミシシッピ川を船で下ったグラントが、ミズーリ側のベルモントの南軍の野営地を襲って焼いたが、対岸のコロンバスから南軍の増援が川を渡ってきて、グラントは船へ退いた。
- 主な武将
- 北: グラント、マクラーナンド、ドハーティ/南: ピロー、ポーク(対岸から)、チーザム
- 史料
- Official Records、グラント『回想録』
ドネルソン砦の戦い
CW-2 · 1862年 · 抜けた穴から、城へ戻る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 35(北軍 18 ・ 南軍 17)
- 歴史的概要
- 包囲された南軍は突撃して包囲を破り、退路を開くことに成功した。ところが指揮官たちが迷った末、開いた道を使わずに全軍を砦へ戻した。翌朝、グラントは「無条件降伏以外に条件は無い」と答える。
- 主な武将
- 北軍: U.S.グラント(この一戦で名が挙がる)、C.F.スミス、マクラーナンド/南軍: フロイド(夜のうちに逃げる)、ピロー(同じく逃げる)、バックナー(残って降伏する)、フォレスト(従わず、部下を連れて浅瀬から抜ける)
シャイローの戦い 実装済み
CW-7 · 1862年 · 二日間・初日に押し込まれ、二日目に取り返す
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 26ターン / 駒 59(北軍 36 ・ 南軍 23) ── ※出荷済 Scenarios/wShiloh1862.json
- 歴史的概要
- 川べりに宿営していた北軍が、朝いきなり襲われて後退する。「胡蜂の巣」と呼ばれた窪んだ道で数時間持ちこたえたことで日没まで粘り、夜のうちに増援が着いて、二日目に押し返した。南軍の総司令官は初日に脚を撃たれて失血死する。
- 主な武将
- - 北軍: ユリシーズ・グラント(初日は前線にいない)、ウィリアム・シャーマン(負傷しつつ戦線を保つ)、ベンジャミン・プレンティス(胡蜂の巣で降伏)、ドン・カルロス・ビュエル(夜に着く増援) - 南軍: アルバート・シドニー・ジョンストン(初日に討死)、P.G.T.ボーリガード(引き継ぐ)、ブラクストン・ブラッグ、ウィリアム・ハーディー
- 史料
- 公刊戦史 The War of the Rebellion(OR)第10巻。両軍の報告書が揃っている。
ストーンズリバーの戦い
CW-4 · 1862-63年 · 両軍が同じ計画を立てる
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 14ターン / 駒 80(北軍 41 ・ 南軍 39)
- 歴史的概要
- 両軍の司令官がまったく同じ計画(自分の左で攻める)を立て、南軍が一時間早く動いた。北軍の右翼は折り畳まれたが、線路と森の角で踏みとどまった一角がついに抜けず、大晦日から三日戦って南軍が退く。
- 主な武将
- 北軍: ローズクランズ、ジョージ・トマス(動かない)、シェリダン(三人の旅団長を失う)、クリッテンデン/南軍: ブラクストン・ブラッグ、ハーディー、ポーク、ブレッキンリッジ(無理な突撃を命じられる)
ミルスプリングスの戦い
SP-357 · 1862年 · 雨で銃が湿って、白兵になる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 44(北軍 24 ・ 南軍 20)
- 歴史的概要
- 冷たい雨で旧式の先込め銃が使えなくなり、混戦の中で南軍の将軍が敵の中へ迷い込んで撃たれた。西部戦線での北軍の最初の勝利。
- 主な武将
- 北軍: ジョージ・H・トマス、フライ/南軍: フェリックス・ゾリコファー(誤って敵中へ入り戦死)、クリッテンデン
- 史料
- OR
イウカとコリンスの戦い
SP-358 · 1862年 · 音の消える谷で、片方が戦いに気づかない
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 62(北軍 32 ・ 南軍 30)
- 歴史的概要
- イウカでは風向きと地形のせいで、待機していた北軍の一方が戦闘の音を聞かず動かなかった(音響の影)。続くコリンスでは南軍が堡塁へ突っ込んで大損害を出す。
- 主な武将
- 北軍: ウィリアム・ローズクランズ、E・O・C・オード(音を聞かず動かない)、グラント/南軍: スターリング・プライス、アール・ヴァン・ドーン
- 史料
- OR、グラントの回想
ペリービルの戦い
SP-359 · 1862年 · 司令官が、自分の軍が戦っていることを知らない
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 64(北軍 36 ・ 南軍 28)
- 歴史的概要
- ビュエル将軍は数キロ後方にいて、音響の影のために主力の三分の一が激戦をしていることに気づかなかった。水場をめぐる小競り合いが本格的な会戦になる。
- 主な武将
- 北軍: ドン・カルロス・ビュエル(気づかない)、マクック、フィリップ・シェリダン、ジェームズ・ジャクソン(戦死)/南軍: ブラクストン・ブラッグ、パトリック・クレバーン、ポーク
- 史料
- OR、ビュエルの弁明
ミドルクリークの戦い
SP-823 · 1862年1月 · ケンタッキー東部の谷で、のちの大統領ガーフィールドが南軍を山へ押し戻す
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 34(北軍 18 ・ 南軍 16)
- 歴史的概要
- ガーフィールド大佐の北軍旅団は、ケンタッキー東部へ入ったハンフリー・マーシャルの南軍をミドルクリークの谷で攻めた。尾根の取り合いは日暮れまで続き、北軍の援兵が着くとマーシャルはヴァージニアへ退いた。
- 主な武将
- 北軍: ジェームズ・ガーフィールド(のちの大統領)/南軍: ハンフリー・マーシャル
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
リッチモンド
SP-761 · ケンタッキー)の戦い(1862年8月 · 新兵ばかりの北軍が、三度陣を敷き直して三度崩れる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 48(南軍 26 ・ 北軍 22)
- 歴史的概要
- カービー・スミスの南軍はケンタッキーへ入り、リッチモンドの南で北軍と当たった。北軍は集められたばかりの新兵が大半で、退いては陣を敷き直し、三度目の線も崩れた。北軍は兵の多くが捕虜となり、ケンタッキーの中部が一時南軍のものとなる。
- 主な武将
- 南軍: エドマンド・カービー・スミス、パトリック・クレバーン(負傷)/北軍: ウィリアム・ネルソン、マーロン・マンソン
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
マンフォーズヴィルの戦い
SP-824 · 1862年9月 · 鉄道橋を守る小さな守備隊が、最初の突撃を退ける
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 38(南軍 24 ・ 北軍 14)
- 歴史的概要
- ケンタッキーへ入ったブラッグの南軍の一部は、グリーン川の鉄道橋を守るマンフォーズヴィルの北軍を攻めたが、土塁の守備隊は突撃を退けた。ブラッグが全軍で囲むと、北軍のワイルダー大佐は休戦の旗の下で敵将バックナーに相談した末、降伏を選んだ。
- 主な武将
- 南軍: ジェームズ・チャーマーズ、ブラクストン・ブラッグ(全軍で来る)/北軍: ジョン・T・ワイルダー
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ハッチー橋
SP-825 · デイヴィス橋)の戦い(1862年10月 · コリンスから退く南軍の前で、北軍が川の橋を塞ぐ
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 44(北軍 24 ・ 南軍 20)
- 歴史的概要
- コリンスで敗れたヴァン・ドーンの南軍が退く途中、オードとハールバットの北軍がハッチー川のデイヴィス橋で退路を塞いだ。南軍の先頭は押し返されたが、北軍は橋を渡ったところの狭い湾曲部で動けなくなり、その間に南軍は下流の別の渡しを見つけて逃れた。
- 主な武将
- 北軍: エドワード・オード(負傷)、スティーヴン・ハールバット/南軍: アール・ヴァン・ドーン、スターリング・プライス
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ハーツヴィルの戦い
SP-826 · 1862年12月 · 夜に川を渡ったモーガンの騎兵が、一時間で守備隊を降らせる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 36(南軍 20 ・ 北軍 16)
- 歴史的概要
- ジョン・ハント・モーガンの南軍騎兵は、雪の夜にカンバーランド川を渡ってハーツヴィルの北軍旅団を夜明けに襲った。不意を突かれた北軍は一時間ほどで崩れ、千八百近くが降伏した。モーガンは近くの北軍が来る前に捕虜を連れて川を渡り戻った。
- 主な武将
- 南軍: ジョン・ハント・モーガン/北軍: アブサロム・ムーア
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
パーカーズ・クロスローズの戦い
SP-762 · 1862年12月 · 前の敵を叩いている最中に、後ろから別の旅団が来る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 38(南軍 20 ・ 北軍 18)
- 歴史的概要
- フォレストの騎兵はテネシー西部で北軍の補給線を荒らした帰り、パーカーズ・クロスローズでダンハムの旅団を砲で押していた。そこへサリヴァンの別の旅団が背後から現れ、フォレストは「両方へ突撃せよ」と命じたと伝わる。南軍は損害を出しながらも包囲を抜けて川を渡った。
- 主な武将
- 南軍: ネイサン・B・フォレスト/北軍: サイラス・ダンハム、ジェレマイア・サリヴァン(背後から来る)
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
南北戦争・トランス=ミシシッピ ミシシッピ川以西)(1861 〜 1864
ウィルソンズ・クリークの戦い
CW-1 · 1861年 · 半分に割って二方向から入る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 30(北軍 14 ・ 南軍・州兵 16)
- 歴史的概要
- 数で劣る北軍のリオンは、軍を二つに割って夜明けに二方向から奇襲した。序盤は成功したが、リオン自身が戦死して指揮が途切れ、北軍は退く。ミズーリの帰趨がここで決まる。
- 主な武将
- 北軍: ナサニエル・リオン(戦死)、ジーゲル(南から入り、崩される)、スタージス(後任)/南軍: スターリング・プライス、ベン・マカロック、ピアース
カーセージの戦い
SP-763 · 1861年7月 · 数に勝る州兵を前に、シーゲルが撃ちながら段階的に退く
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(州兵 24 ・ 北軍 16)
- 歴史的概要
- ミズーリ州兵はクレイボーン・ジャクソン知事の下に南西へ集まり、カーセージの北でフランツ・シーゲルの北軍と当たった。シーゲルは数で劣り、砲を使いながら十数キロを段階的に退いて、町を抜けて逃れた。
- 主な武将
- 州兵: クレイボーン・ジャクソン、ジェームズ・レインズ、モスビー・パーソンズ/北軍: フランツ・シーゲル
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
レキシントンの戦い
SP-730 · 1861年9月 · 濡らした麻の俵を転がして、動く胸壁にする
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(南軍 32 ・ 北軍 22)
- 歴史的概要
- ミズーリでプライス少将の州兵(南軍方)は、レキシントンの大学の建物に陣したマリガン大佐の北軍を囲んだ。三日目、南軍は水で濡らした麻の俵を並べて転がしながら前進し、北軍は降伏した。
- 主な武将
- 南軍: スターリング・プライス/北軍: ジェームズ・マリガン
- 史料
- Official Records(※)
スプリングフィールドの戦い
SP-827 · ザゴニーの突撃・1861年10月 · 将軍の護衛騎兵が、坂の上の州兵へ正面から駆け上がる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 30(北軍 14 ・ 州兵 16)
- 歴史的概要
- フレモント将軍の護衛騎兵を率いるザゴニー少佐は、スプリングフィールドの外の坂の上に並んだミズーリ州兵の新兵へ正面から突撃した。騎兵は坂を駆け上がって州兵を追い散らし、町を一時取った。
- 主な武将
- 北軍: チャールズ・ザゴニー、フランク・ホワイト/州兵: ジュリアン・フレイジャー
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ピーリッジの戦い
CW-3 · 1862年 · 背後に回ったら、補給が切れた
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 80(北軍 37 ・ 南軍 43)
- 歴史的概要
- 南軍は夜通し行軍して北軍の背後へ回り込んだが、そのぶん自分の補給列から切り離された。二日目、弾薬の尽きた南軍は退く。チェロキーの二個連隊が参加した唯一の大会戦でもある。
- 主な武将
- 南軍: アール・ヴァン・ドーン、マカロック(戦死)、マッキントッシュ(戦死)、スタンド・ワティ(チェロキー連隊)/北軍: カーティス、ジーゲル、デイヴィス
プレーリーグローヴの戦い
SP-360 · 1862年 · 二つの北軍が合流する前に、間へ割り込む
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 56(南軍 30 ・ 北軍 26)
- 歴史的概要
- 南軍は二つに分かれた北軍の間へ割り込んで各個に叩くつもりだったが、先に着いた北軍が丘へ登って待ち、もう一方も強行軍で間に合った。
- 主な武将
- 南軍: トマス・ヒンドマン、マーマデューク/北軍: ジェームズ・ブラント(強行軍で到着)、フランシス・ヘロン
- 史料
- OR
グロリエタ峠の戦い
SP-344 · 1862年 · 補給車を焼かれて、勝った軍が引き返す
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 44(北軍 22 ・ 南軍 22)
- 歴史的概要
- 南北戦争の最西端の戦い。南軍は戦場では優勢だったが、別働隊に補給車八十輛を焼かれて引き返すしかなくなった。南部の西進がここで終わる。
- 主な武将
- 北軍: ジョン・スロー、ジョン・チヴィントン(補給車を焼く別働隊)/南軍: ウィリアム・スカリー、チャールズ・パイロン
- 史料
- 双方の報告、チヴィントンの記録
ヴァルヴァーデの戦い
SP-484 · 1862年2月 · ニューメキシコの川辺で、南軍が西へ
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 8ターン / 駒 34(南 18 ・ 北 16)
- 歴史的概要
- シブリーの南軍がリオ・グランデ川を北上し、クレイグ砦の北のヴァルヴァーデの浅瀬で北軍のキャンビーを破った。
- 主な武将
- 南: シブリー、グリーン(トム・グリーン)、スカリー/北: キャンビー、キット・カーソン(ニューメキシコ義勇兵)、マクレー(砲兵・戦死)
- 史料
- Official Records
グロリエタ峠の戦い
SP-485 · 1862年3月 · 勝った戦場の裏で、荷車が焼かれる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 8ターン / 駒 32(北 16 ・ 南 16)
- 歴史的概要
- サンタフェの東のグロリエタ峠で、北軍(コロラド義勇兵)と南軍が戦い、南軍が戦場を取った。だがその間に北軍のチヴィントンの別働隊が山を越えて南軍の輜重(荷車)を焼き、南軍はニューメキシコから退いた。
- 主な武将
- 北: スラウ、チヴィントン(別働隊)/南: スカリー、パイロン
- 史料
- Official Records
第一次ニュートニアの戦い
SP-828 · 1862年9月 · 先住民の部隊が両軍に並び、町の石垣で北軍を退ける
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 38(南軍 20 ・ 北軍 18)
- 歴史的概要
- ダグラス・クーパーの南軍はミズーリ南西のニュートニアに陣取り、サロモンの北軍が攻めた。南軍にはチェロキーやチョクトーの部隊が、北軍にも先住民の部隊が加わっていた。石垣と町に拠った南軍は援兵を得て北軍を押し返した。
- 主な武将
- 南軍: ダグラス・クーパー、ジョー・シェルビー/北軍: フレデリック・サロモン
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ケインヒルの戦い
SP-764 · 1862年11月 · 山へ退く後衛が、追ってくる北軍を坂ごとに止める
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(北軍 22 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- ブラントの北軍はアーカンソー北西のケインヒルでマーマデュークの南軍騎兵を襲った。南軍はボストン山地へ退きながら坂ごとに後衛を置いて追撃を止め、日没まで本隊を逃がした。二週間後のプレーリーグローヴの前哨戦。
- 主な武将
- 北軍: ジェームズ・ブラント/南軍: ジョン・マーマデューク、ジョー・シェルビー(後衛)
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
アイリッシュ・ベンドの戦い
SP-829 · 1863年4月 · 後ろに上陸した北軍の師団を、退く南軍が道の上で押し止める
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 44(北軍 26 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- バンクスの北軍はバイユー・テシュを上り、フォート・ビズランドのテイラーの南軍を正面から押す一方、グローヴァーの師団を船で南軍の後ろへ上陸させた。退路を断たれかけたテイラーは砦を捨て、アイリッシュ・ベンドでグローヴァーを押し止めて、その間に全軍を抜けさせた。
- 主な武将
- 北軍: ナサニエル・バンクス、カドマス・グローヴァー/南軍: リチャード・テイラー、トマス・グリーン
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ハニースプリングスの戦い
SP-731 · 1863年7月 · 先住民の地で、多くの民族の兵が両軍に分かれる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(北軍 26 ・ 南軍 28)
- 歴史的概要
- インディアン準州で最大の戦い。ブラント少将の北軍(白人・黒人・先住民の連隊)は、ハニースプリングスでクーパー准将の南軍(先住民の連隊を多く含む)を攻めて破った。南軍の火薬は雨で湿っていた。
- 主な武将
- 北軍: ジェームズ・ブラント、第1カンザス有色人連隊/南軍: ダグラス・クーパー、スタンド・ワティー(※参陣は要確認)
- 史料
- Official Records(※)
スターリング農園の戦い
SP-830 · 1863年9月 · 雨の朝、川を渡ってきた南軍が北軍の前哨を包む
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 36(南軍 20 ・ 北軍 16)
- 歴史的概要
- ルイジアナのアチャファラヤ川の近くで、トマス・グリーンの南軍は北軍の前哨を囲もうと雨の中を進んだ。正面と側面から同時に当たった南軍は北軍の陣を崩し、四百余を捕らえた。
- 主な武将
- 南軍: トマス・グリーン/北軍: ジョセフ・ルーシー
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
バイユー・ブルボーの戦い
SP-831 · 1863年11月 · 孤立した北軍の旅団を、南軍が三方から押し包む
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 38(南軍 22 ・ 北軍 16)
- 歴史的概要
- テキサスへ向かうバンクスの北軍の後衛として、バーブリッジの旅団はバイユー・ブルボーに孤立していた。グリーンの南軍は三方から攻めかかって旅団を崩したが、引き返してきた北軍の援兵に押され、捕虜を連れて退いた。
- 主な武将
- 南軍: トマス・グリーン、リチャード・テイラー/北軍: スティーヴン・バーブリッジ
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ウェストポートの戦い
SP-380 · 1864年 · 西のゲティスバーグ
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 64(北軍 34 ・ 南軍 30)
- 歴史的概要
- ミシシッピ以西で最大の戦い。プライスの南軍は前後から挟まれ、川と丘の間で崩れた。南部の西部での組織的抵抗が終わる。
- 主な武将
- 北軍: サミュエル・カーティス、アルフレッド・プレザントン(背後から)、ブラント/南軍: スターリング・プライス、シェルビー、マーマデューク
- 史料
- OR
サビーンクロスローズの戦い
SP-381 · 1864年 · 森の一本道に、軍の全部が並んでいる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 56(南軍 28 ・ 北軍 28)
- 歴史的概要
- レッドリバー遠征で、北軍は森の一本道に縦隊と輜重を伸ばしたまま襲われ、先頭から順に崩れた。輜重が道を塞いで退却もできなかった。
- 主な武将
- 南軍: リチャード・テイラー(ザカリー・テイラーの子)、モートン、グリーン/北軍: ナサニエル・バンクス、ランサム、道を塞ぐ輜重
- 史料
- OR、バンクスの弁明
プレザントヒルの戦い
SP-732 · 1864年4月 · 前日に大勝した側が、翌日同じ勢いで攻めて撃退される
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 56(南軍 28 ・ 北軍 28)
- 歴史的概要
- レッドリヴァー戦役。サビーンクロスローズ(マンスフィールド)で大勝したテイラー少将の南軍は、翌日プレザントヒルで北軍を追って攻めたが、A・J・スミス准将の北軍の反撃で撃退された。だがバンクス少将は戦役を諦めて退いた。
- 主な武将
- 南軍: リチャード・テイラー、トーマス・チャーチル、トーマス・グリーン/北軍: ナサニエル・バンクス、アンドリュー・J・スミス、ウィリアム・エモリー
- 史料
- Official Records(※)
ジェンキンズ・フェリーの戦い
SP-765 · 1864年4月 · 泥の中の渡し場で、退く北軍が舟橋を渡り終えるまで守る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 44(北軍 22 ・ 南軍 22)
- 歴史的概要
- カムデン遠征に失敗したスティールの北軍は、増水したサライン川の渡し場まで退いた。舟橋を渡る間、後衛は泥と雨の中で南軍の攻撃を何度も受け止め、全軍が渡り終えると橋を壊した。
- 主な武将
- 北軍: フレデリック・スティール、サミュエル・ライス(重傷)/南軍: エドマンド・カービー・スミス、トマス・チャーチル、ジョン・ウォーカー
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
パイロットノブ
SP-766 · デヴィッドソン砦)の戦い(1864年9月 · 山に囲まれた小さな土塁を、大軍が攻めて落とせない
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(南軍 26 ・ 北軍 14)
- 歴史的概要
- プライスの南軍はミズーリへ入り、パイロットノブのデヴィッドソン砦を攻めた。砦は小さな六角形の土塁だったが、周りの山から降りてきた南軍は砲火の下で堀に阻まれ、突撃は失敗した。ユーイングの守備隊は夜のうちに火薬庫を爆破して抜け出した。
- 主な武将
- 南軍: スターリング・プライス、ジェームズ・フェイガン、ジョン・マーマデューク/北軍: トマス・ユーイング
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
マインクリークの戦い
SP-733 · 1864年10月 · 浅瀬で詰まった南軍騎兵の列を、北軍騎兵が突く
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 50(北軍 26 ・ 南軍 24)
- 歴史的概要
- ウェストポート(SP-380)で敗れて南へ退くプライス少将の南軍は、マインクリークの浅瀬で輜重とともに詰まった。北軍騎兵の二個旅団が突撃し、二人の南軍の将軍が捕らえられた。南北戦争で最大級の騎兵戦の一つ。
- 主な武将
- 北軍: フレデリック・ベンティーン、ジョン・フィリップス(※)/南軍: スターリング・プライス、ジョン・マーマデューク(捕虜)、ウィリアム・キャベル(捕虜)
- 史料
- Official Records(※)
第二次ニュートニアの戦い
SP-832 · 1864年10月 · 退くプライスの軍を追う北軍が、殿の騎兵に止められる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 38(北軍 20 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- ウェストポートとマインクリークで敗れたプライスの南軍は南へ退いた。ブラントの北軍はニュートニアで追いついて攻めたが、シェルビーの騎兵の殿が踏みとどまり、北軍は援兵が着くまで押されて引いた。プライスの遠征の最後の戦い。
- 主な武将
- 北軍: ジェームズ・ブラント、ジョン・サンボーン(遅れて着く)/南軍: ジョー・シェルビー、スターリング・プライス
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
南北戦争・ヴィックスバーグ戦役 1862 〜 1863
チカソーバイユーの戦い
SP-361 · 1862年 · 沼と崖に囲まれた狭い道を、正面から
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 56(北軍 34 ・ 南軍 22)
- 歴史的概要
- シャーマンは沼地の間の狭い道から崖の上の陣地へ攻め上がり、大きな損害を出して退いた。ヴィックスバーグ戦役の最初の失敗。
- 主な武将
- 北軍: ウィリアム・T・シャーマン、モーガン、ブレア/南軍: スティーヴン・D・リー、ペンバートン
- 史料
- OR、シャーマンの回想
バトンルージュの戦い
SP-767 · 1862年8月 · 頼みの装甲艦が来ないまま、南軍が州都へ攻め込む
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 44(南軍 24 ・ 北軍 20)
- 歴史的概要
- ブレッキンリッジの南軍はルイジアナの州都バトンルージュを取り返そうと、霧の朝に北軍を攻めた。川から助けるはずの装甲艦アーカンソーは機関が壊れて間に合わず、北軍は川の砲艦の援護を受けて町の際で踏みとどまった。南軍は引き上げ、上流のポートハドソンを固める。
- 主な武将
- 南軍: ジョン・C・ブレッキンリッジ、チャールズ・クラーク(負傷)/北軍: トマス・ウィリアムズ(戦死)
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ポートギブソンの戦い
SP-362 · 1863年 · 上陸した軍が、谷の多い地形で足を止められる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 56(北軍 34 ・ 南軍 22)
- 歴史的概要
- グラントが川を渡って上陸した直後の戦い。深い谷と竹藪で戦場が二つに割れ、少数の南軍が一日粘った。
- 主な武将
- 北軍: U・S・グラント、ジョン・マクラーナンド、マクファーソン/南軍: ジョン・ボーエン、トレイシー(戦死)
- 史料
- OR、グラントの回想
レイモンドとジャクソンの戦い
SP-363 · 1863年 · 補給線を捨てて、敵地の真ん中を歩く
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 62(北軍 34 ・ 南軍 28)
- 歴史的概要
- グラントは補給線を切り離して敵地へ入り、ヴィックスバーグと救援軍の間へ割り込んで、州都ジャクソンを先に落とした。
- 主な武将
- 北軍: グラント、シャーマン、ジョン・A・ローガン/南軍: ジョセフ・E・ジョンストン(集結中)、ジョン・グレッグ、ウォーカー
- 史料
- OR、シャーマンの回想
ビッグブラックリバー橋の戦い
SP-364 · 1863年 · 三分で、橋の手前の陣地が崩れる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 44(北軍 26 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- チャンピオンヒル(本編 CW-5)の翌日。橋の手前の綿俵の陣地が三分で崩れ、渡り切れなかった南軍は川で失われた。ヴィックスバーグの籠城が始まる。
- 主な武将
- 北軍: マイケル・ローラー(突撃)、マクラーナンド/南軍: ジョン・ボーエン、ヴォーン(崩れる)、ペンバートン
- 史料
- OR
チャンピオンヒルの戦い
CW-5 · 1863年 · 包囲の前の、一日の野戦
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 50(北軍 28 ・ 南軍 22)
- 歴史的概要
- ヴィックスバーグ包囲の前、補給線を自ら切って敵地を進んだグラントが、丘の上の南軍と正面からぶつかった。丘は三度主が入れ替わり、南軍は城へ押し戻される。この一日で、ミシシッピ川の帰趨が決まった。
- 主な武将
- 北軍: グラント、ローガン、ホーヴィー(旅団の三分の一を失う)、マクファーソン/南軍: ペンバートン、ロリング(命令に従わず離脱)、ボーウェン(丘を奪い返す)、スティーヴンソン
アーカンソーポストの戦い
SP-727 · 1863年1月 · 川の砦を、砲艦と陸軍で挟む
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(北軍 34 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- マクラーナンド少将の北軍とポーター少将の砲艦隊は、アーカンソー川のハインドマン砦(アーカンソーポスト)を陸と川から攻めた。砦は一日で降伏し、五千近い南軍兵が捕らえられた。
- 主な武将
- 北軍: ジョン・マクラーナンド、ウィリアム・T・シャーマン、デイヴィッド・ポーター(砲艦)/南軍: トーマス・チャーチル
- 史料
- Official Records(※)
ヴィックスバーグ総攻撃
SP-768 · 1863年5月22日 · 環状の土塁に、時計を合わせた全線同時の突撃をかける
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 56(北軍 34 ・ 南軍 22)
- 歴史的概要
- 包囲を始めたグラントは、長い包囲を避けるため5月22日の朝、時計を合わせて三つの軍団を同時に突撃させた。いくつかの隊は土塁の外壁まで取りついたが内側へは入れず、北軍は三千余の損害を出して攻めをやめ、包囲に切り替えた。
- 主な武将
- 北軍: U.S.グラント、ウィリアム・シャーマン、ジェームズ・マクファーソン、ジョン・マクラーナンド/南軍: ジョン・ペンバートン、スティーヴン・リー
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ポートハドソン総攻撃
SP-769 · 1863年5月27日 · 倒木と谷の向こうの土塁に、ルイジアナの黒人連隊が突撃する
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 50(北軍 30 ・ 南軍 20)
- 歴史的概要
- バンクスの北軍はミシシッピ川のポートハドソンを囲み、5月27日に攻めた。各隊の突撃は時刻がそろわず、倒木と谷に阻まれて土塁へ届かなかった。北軍の右翼ではルイジアナの黒人連隊(ネイティヴ・ガーズ)が突撃し、黒人兵が大きな戦いで戦った最初の例の一つとなる。
- 主な武将
- 北軍: ナサニエル・バンクス、ゴドフリー・ワイツェル、アンドレ・カイユー(戦死)/南軍: フランクリン・ガードナー
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ミリケンズベンドの戦い
SP-728 · 1863年6月 · 訓練の浅い黒人連隊が、堤の上で白兵戦を持ちこたえる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 36(南軍 20 ・ 北軍 16)
- 歴史的概要
- ヴィックスバーグ包囲中、ミシシッピ川西岸の北軍補給基地ミリケンズベンドを、マカロック准将の南軍が攻めた。守っていたのは訓練の浅い黒人の新兵連隊で、堤の上の白兵戦で大損害を出しながら持ちこたえ、砲艦の到着で南軍は退いた。
- 主な武将
- 北軍: エリアス・デニス(※)、ヘルマン・リーブ(※)、砲艦チョクトー/南軍: ヘンリー・マカロック
- 史料
- Official Records(※)
ヘレナの戦い
SP-729 · 1863年7月 · ヴィックスバーグが降伏した日、川の町の砲台を攻めて敗れる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(南軍 30 ・ 北軍 24)
- 歴史的概要
- ヴィックスバーグの包囲を外から崩そうと、ホームズ中将の南軍はミシシッピ川沿いの町ヘレナの北軍を攻めた。丘の上の四つの砲台を攻めたが、連携が取れず、砲艦の砲撃も受けて大損害で退いた。同じ日にヴィックスバーグは降伏した。
- 主な武将
- 南軍: セオフィラス・ホームズ、スターリング・プライス、ジョン・マーマデューク/北軍: ベンジャミン・プレンティス、砲艦タイラー
- 史料
- Official Records(※)
南北戦争・東部戦線 チャンセラーズヴィル・ゲティスバーグ)(1863
チャンセラーズヴィルの戦い 実装済み
CE-5 · 1863年 · 軍を二つに割って、また割る
- 歴史的概要
- 二倍の敵に対し、リーは軍を二つに割り、さらにジャクソンに全軍の半分を持たせて一日がかりで敵の背後へ回らせた。夕刻の奇襲は成功したが、その夜、ジャクソンは自軍の哨兵に撃たれて死ぬ。
- 主な武将
- 南軍: リー、ジャクソン(大迂回・味方に撃たれ戦死)、J.E.B.スチュアート(後任)、アンダーソン/北軍: フッカー(砲弾の衝撃で判断力を失う)、ハワード(横を突かれる第11軍団)、セジウィック
ゲティスバーグの戦い 実装済み
CE-7 · 1863年 · 三日間・北軍は絶対に戦線
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 20ターン / 駒 107(北軍 62 ・ 南軍 45) ── ※出荷済 Scenarios/wGettysburg1863.json
- 歴史的概要
- 北へ攻め上がった南軍が、道が集まる町で北軍と正面からぶつかった。北軍は魚鉤(フィッシュフック)と呼ばれる曲がった戦線を丘の上に張って三日間守り抜き、三日目の正面突撃(ピケットのチャージ)を撃退する。南軍はここから二度と北へ出られなくなった。
- 主な武将
- - 北軍: ジョージ・ミード(着任3日目の司令官)、ジョン・レイノルズ(初日に討死)、ウィンフィールド・ハンコック(中央を支える)、ゴーヴァヌア・ウォーレン(リトル・ラウンドトップの空白に気づく)、ジョシュア・チェンバレン(左翼の端で弾が尽きる) - 南軍: ロバート・E・リー、ジェームズ・ロングストリート(正面突撃に反対する)、リチャード・ユーエル(初日に丘を取りに行かない)、ジョージ・ピケット(三日目の突撃)、ジューバル・アーリー
- 史料
- 公刊戦史 The War of the Rebellion(OR)第27巻、および両軍の報告書。候補集の中で最も一次史料が厚い盤。
ブランディステーションの戦い
SP-365 · 1863年 · 北米で最大の騎兵戦
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 62(北軍 32 ・ 南軍 30)
- 歴史的概要
- 二万の騎兵が一日ぶつかった、北米史上最大の騎兵戦。北軍騎兵が初めて南軍騎兵と互角に戦い、以後の力関係が変わる。ゲティスバーグの三週間前。
- 主な武将
- 北軍: アルフレッド・プレザントン、ジョン・ビュフォード、グレッグ、カスター(旅団長として)/南軍: J・E・B・スチュアート(奇襲を受ける)、ウェイド・ハンプトン、ロバート・E・リー2世
- 史料
- OR、プレザントンの報告
第二次ウィンチェスターの戦い
SP-366 · 1863年 · 堡塁を捨てる決断が、一日遅れる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 54(南軍 32 ・ 北軍 22)
- 歴史的概要
- 北軍の守備隊は堡塁を捨てて退く決断が遅れ、夜の撤退中に待ち伏せを受けて大半が捕らえられた。リーの北進の露払い。
- 主な武将
- 南軍: リチャード・イーウェル(ジャクソンの後継)、ジュバル・アーリー、ジョンソン/北軍: ロバート・ミルロイ(辛うじて脱出)
- 史料
- OR、イーウェルの報告
ケリーズフォードの戦い
SP-707 · 1863年3月 · 北軍の騎兵が、初めて南軍の騎兵と五分に戦う
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 36(北軍 20 ・ 南軍 16)
- 歴史的概要
- アヴェレル准将の北軍騎兵はラパハノック川のケリーズフォードを渡り、フィッツヒュー・リー准将の南軍騎兵と戦った。北軍は押し切れずに退いたが、南軍の若い砲兵士官ジョン・ペラムが戦死した。北軍騎兵が自信をつけた最初の戦い。
- 主な武将
- 北軍: ウィリアム・アヴェレル/南軍: フィッツヒュー・リー、ジョン・ペラム(戦死)、J・E・B・スチュアート(臨席)
- 史料
- Official Records(※)
第二次フレデリックスバーグの戦い
SP-770 · 1863年5月3日 · 前の冬に抜けなかった石垣を、三度目の突撃で抜く
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 46(北軍 28 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- フッカーがチャンセラーズヴィルで戦う間、セジウィックの軍団はフレデリックスバーグに残っていた。5月3日朝、セジウィックは前年十二月に北軍が抜けなかったマリーズハイツの石垣を攻め、二度退けられたのち三度目で抜いた。だが西へ進んだ先のセイラム教会で止められる。
- 主な武将
- 北軍: ジョン・セジウィック、ジョン・ニュートン/南軍: ジュバル・アーリー、ウィリアム・バークスデール
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
セイラム教会の戦い
SP-489 · 1863年5月 · 丘を取った北軍の、背後の森で
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 8ターン / 駒 40(北 20 ・ 南 20)
- 歴史的概要
- チャンセラーズヴィルと同時に、セジウィックの第VI軍団がフレデリックスバーグのメアリーズ・ハイツを取ってリーの背後へ進んだが、セイラム教会で南軍に止められ、翌日には挟まれてラッパハノック川を渡って退いた。
- 主な武将
- 北: セジウィック、ブルックス、ニュートン/南: ウィルコックス、マクローズ、アーリー
- 史料
- Official Records
アッパーヴィルの戦い
SP-771 · 1863年6月 · 騎兵が石垣ごとに下がって、山の向こうの本隊を見せない
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(北軍 22 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- リーの軍がシェナンドー渓谷を北へ進む間、スチュアートの騎兵はブルーリッジの峠の東で北軍騎兵を止めていた。プレゾントンの北軍騎兵はアッパーヴィルで押し込んだが、スチュアートは石垣ごとに下がりながら峠を守り、北軍は山の向こうの南軍本隊を見られなかった。
- 主な武将
- 北軍: アルフレッド・プレゾントン、ジョン・ビュフォード、ジャドソン・キルパトリック/南軍: J.E.B.スチュアート、ウェイド・ハンプトン
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ハノーヴァーの戦い
SP-772 · 1863年6月30日 · 迂回中のスチュアートが、町の通りで北軍騎兵の後尾にぶつかる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 38(北軍 20 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- 北軍の東を大きく回っていたスチュアートの騎兵は、ペンシルヴェニアのハノーヴァーでキルパトリックの北軍騎兵の後尾に突っ込んだ。町の通りでの戦いは北軍が押し返し、スチュアートはさらに東へ回り道を強いられて、ゲティスバーグへ着くのが7月2日になった。
- 主な武将
- 北軍: ジャドソン・キルパトリック、エロン・ファーンズワース、ジョージ・カスター/南軍: J.E.B.スチュアート、フィッツヒュー・リー
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
フォーリングウォーターズの戦い
SP-708 · 1863年7月 · 増水したポトマックの橋頭堡から、ゲティスバーグの軍が渡って帰る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 56(北軍 30 ・ 南軍 26)
- 歴史的概要
- ゲティスバーグの後、リー軍は増水したポトマック川の手前、ウィリアムズポートとフォーリングウォーターズに橋頭堡を築いて水が引くのを待った。ミード少将の北軍は攻めるか迷い、攻撃を決めた朝にはリー軍の大半が舟橋で渡り終えていた。後衛のペティグルー准将が致命傷を負った。
- 主な武将
- 南軍: ロバート・E・リー、ヘンリー・ヘス、J・ジョンストン・ペティグルー(致命傷)/北軍: ジョージ・ミード、ジャドソン・キルパトリック、ジョン・ビュフォード
- 史料
- Official Records(※)
第二次ワグナー砦の戦い
SP-773 · 1863年7月18日 · 海と沼に挟まれた砂浜を、第54マサチューセッツ連隊が先頭で進む
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(北軍 26 ・ 南軍 14)
- 歴史的概要
- チャールストン港の入口を狙う北軍は、モリス島のワグナー砦を夕方から攻めた。砦の前は海と沼に挟まれた狭い砂浜で、先頭を進んだ黒人の第54マサチューセッツ連隊は胸壁に取りついたが、ロバート・グールド・ショー大佐が戦死し、続く旅団とともに退けられた。
- 主な武将
- 北軍: クインシー・ギルモア、トルーマン・シーモア、ロバート・グールド・ショー(戦死)、ジョージ・ストロング(致命傷)/南軍: ウィリアム・タリアフェロ
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ブリストー駅の戦い
SP-490 · 1863年10月 · 鉄道の土手の陰に、敵がいた
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 7ターン / 駒 32(南 16 ・ 北 16)
- 歴史的概要
- A・P・ヒルが退く北軍を追って急いで攻めかかったが、鉄道の土手の陰に北軍の第II軍団(ウォーレン)が隠れていて、南軍は大きな損害を出した。
- 主な武将
- 南: A・P・ヒル、ヘス、クック(負傷)、カークランド(負傷)/北: ウォーレン、ヘイズ
- 史料
- Official Records
バックランド・ミルズの戦い
SP-833 · 1863年10月 · 退くスチュアートを追う北軍騎兵が、伏せていた別の騎兵に横を突かれる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 38(南軍 20 ・ 北軍 18)
- 歴史的概要
- ブリストー駅の後、スチュアートの騎兵はキルパトリックの北軍騎兵に追われて退いた。別の道に伏せていたフィッツヒュー・リーの合図の砲声で、スチュアートは反転し、リーが北軍の横から突っ込んだ。北軍騎兵は五マイル追い散らされ、「バックランドの競走」と呼ばれた。
- 主な武将
- 南軍: J.E.B.スチュアート、フィッツヒュー・リー(伏せている)/北軍: ジャドソン・キルパトリック、ジョージ・カスター
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ラパハノックステーションの戦い
SP-709 · 1863年11月 · 日暮れの銃剣の夜襲で、川の手前の堡塁を取る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(北軍 30 ・ 南軍 22)
- 歴史的概要
- ラパハノック川の北岸に南軍が残していた橋頭堡の堡塁を、北軍のセジウィック少将の第6軍団が日暮れに銃剣の夜襲で取り、守っていた南軍の二個旅団の大半を捕らえた。
- 主な武将
- 北軍: ジョン・セジウィック、デイヴィッド・ラッセル、エモリー・アプトン/南軍: ジュバル・アーリー、ハリー・ヘイズ(※)
- 史料
- Official Records(※)
ペインズファームの戦い
SP-710 · 1863年11月 · 森の道で、迷った北軍軍団と南軍師団がぶつかる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 50(北軍 28 ・ 南軍 22)
- 歴史的概要
- マインラン戦役。フレンチ少将の北軍第3軍団は森の道に迷い、ペインズファームでジョンソン少将の南軍師団とぶつかった。森の中の混戦で北軍の前進は遅れ、ミードはマインランの南軍陣地を攻めずに冬営へ退いた。
- 主な武将
- 北軍: ウィリアム・フレンチ/南軍: エドワード・"アレゲニー"・ジョンソン
- 史料
- Official Records(※)
南北戦争・チャタヌーガ戦役 1863
トンプソンズ・ステーションの戦い
SP-834 · 1863年3月 · 偵察に出た北軍の旅団が、騎兵の軍団に囲まれて降る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 44(南軍 26 ・ 北軍 18)
- 歴史的概要
- コバーンの北軍旅団はテネシー中部を南へ偵察に出て、トンプソンズ・ステーションでヴァン・ドーンの南軍騎兵の軍団に当たった。北軍は丘で一度は押し返したが、フォレストの騎兵に後ろへ回られ、弾が尽きて降伏した。
- 主な武将
- 南軍: アール・ヴァン・ドーン、ネイサン・B・フォレスト/北軍: ジョン・コバーン
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
デイズ・ギャップの戦い
SP-835 · 1863年4月 · ラバに乗った北軍の襲撃隊が、追ってきたフォレストを山の上で待ち伏せる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 36(北軍 18 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- ストライト大佐の北軍はラバに乗ってアラバマの鉄道を断ちに向かったが、フォレストの騎兵に追いつかれた。ストライトはデイズ・ギャップの山の上で待ち伏せてフォレストを押し返し、大砲を奪った。だが追いすがるフォレストを振り切れず、数日後に降伏する。
- 主な武将
- 北軍: エイベル・ストライト/南軍: ネイサン・B・フォレスト
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
フーヴァーズ・ギャップの戦い
SP-774 · 1863年6月 · 連発銃を持った騎乗歩兵が、本隊が着くまで峠を守る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(北軍 20 ・ 南軍 20)
- 歴史的概要
- ローズクランズのタラホーマ作戦の初日、ワイルダーの「稲妻旅団」は雨の中を先行してフーヴァーズ・ギャップを抜けた。南軍が取り返しに来ると、旅団はスペンサー連発銃で数倍の敵を受け止め、北軍の本隊が着くまで峠を守り切った。南軍はタラホーマへ退く。
- 主な武将
- 北軍: ジョン・T・ワイルダー、ジョージ・トマス(遅れて着く)/南軍: アレクサンダー・スチュアート、ウィリアム・ベイト
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
デイヴィス十字路の戦い
SP-836 · マクレモアズ・コーヴ・1863年9月 · 谷に孤立した北軍の師団を、南軍の将たちが攻めずに逃がす
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 46(南軍 28 ・ 北軍 18)
- 歴史的概要
- チカマウガの前、北軍のネグリーの師団はマクレモアズ・コーヴの谷に孤立していた。ブラッグはハインドマンとD.H.ヒルに攻めを命じたが、将たちは疑って動かず、命令は二日遅れた。その間にネグリーは谷の口から退き、絶好の機会は消えた。
- 主な武将
- 南軍: ブラクストン・ブラッグ、トマス・ハインドマン、D.H.ヒル/北軍: ジェームズ・ネグリー
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
チカマウガの戦い
D-1 · 1863年9月 · 南軍最後の大勝
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 16ターン / 駒 82(北軍 42 ・ 南軍 40)
- 歴史的概要
- 森の中の見通しの利かない戦場で、北軍の戦線に偶然できた1つの穴へロングストリートの縦隊が入り、右翼が崩壊した。総司令ローズクランズは戦場を離れたが、ジョージ・トマスがホースシュー・リッジで踏みとどまり、軍の壊滅を防いで「チカマウガの岩」と呼ばれる。
- 主な武将
- - 北軍(カンバーランド軍): ローズクランズ(総司令・戦場を離脱)、ジョージ・トマス(左翼・最後まで残る)、クリッテンデン、マクック、ゴードン・グレンジャー(独断で予備を投入し、トマスを救う) - 南軍(テネシー軍): ブラッグ(総司令)、ロングストリート(縦隊突撃・ヴァージニアから鉄道で到着)、ポーク、ヒル、ネイサン・ベッドフォード・フォレスト(前衛)
ワウハッチーの戦い
SP-719 · 1863年10月 · 夜の補給路を、月明かりの下で守る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 34(北軍 18 ・ 南軍 16)
- 歴史的概要
- チャタヌーガに閉じ込められた北軍の補給路(「クラッカー・ライン」)を断つため、南軍のロングストリートの部隊が夜にワウハッチーのギアリー准将の北軍師団を襲ったが、撃退された。
- 主な武将
- 北軍: ジョン・ギアリー、ジョセフ・フッカー(※)/南軍: マイカ・ジェンキンズ、エヴァンダー・ロー(※)
- 史料
- Official Records(※)
キャンベルズ・ステーションの戦い
SP-837 · 1863年11月 · 十字路を先に取る競走に数分で勝ち、北軍がノックスヴィルへ下がる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 44(北軍 22 ・ 南軍 22)
- 歴史的概要
- ロングストリートの南軍に追われたバーンサイドの北軍は、ノックスヴィルへ退く道の十字路キャンベルズ・ステーションを先に取ろうと競った。北軍は数分の差で先に着き、十字路で南軍の挟み撃ちを受け止めながら、段階的に下がって夜にノックスヴィルへ入った。
- 主な武将
- 北軍: アンブローズ・バーンサイド/南軍: ジェームズ・ロングストリート、ラファイエット・マクローズ
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
チャタヌーガの戦い 実装済み
D-2 · 1863年11月 · ミッショナリー・リッジ
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 14ターン / 駒 86(北軍 47 ・ 南軍 39)
- 歴史的概要
- チカマウガの敗北でチャタヌーガに追い込まれた北軍を、南軍が高地から包囲して兵糧攻めにした。グラントが着任して補給線を開き、ルックアウト・マウンテン(「雲上の戦い」)を取り、最後に——ミッショナリー・リッジの麓の塹壕を取れとだけ命じられたカンバーランド軍が、命令を待たずにそのまま斜面を駆け上がって稜線を抜いた。 チカマウガの汚名をすすいだ突撃として知られる。
- 主な武将
- - 北軍: ユリシーズ・グラント(総司令)、ジョージ・トマス(カンバーランド軍=命令なしに登る側)、シャーマン(左翼・進まない)、フッカー(ルックアウト・マウンテン)、フィリップ・シェリダン、トマス・ウッド - 南軍: ブラッグ(総司令)、ジョン・ブレッキンリッジ(中央)、パトリック・クレバーン(右翼・唯一シャーマンを止め切る)、ハーディー、ウォーカー
リングゴールド・ギャップの戦い
SP-491 · 1863年11月 · 退く軍の後衛が、峡谷の口を塞ぐ
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 7ターン / 駒 30(南 12 ・ 北 18)
- 歴史的概要
- チャタヌーガ(本編 D-2)で敗れたブラッグ軍の後衛をクリバーンの師団が務め、リングゴールドの峡谷の口でフッカーの追撃を半日止めて、軍の輜重を逃がした。
- 主な武将
- 南: クリバーン/北: フッカー、オスターハウス、ギアリー
- 史料
- Official Records
サンダース砦の戦い
SP-720 · 1863年11月 · 凍った堀と電線に、二十分で突撃が潰れる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(南軍 24 ・ 北軍 16)
- 歴史的概要
- ノックスヴィルを囲むロングストリートの南軍は、北軍の土塁のサンダース砦を夜明けに攻めた。凍った深い堀と、木の切り株の間に張られた電線に阻まれ、突撃は二十分ほどで潰れた。
- 主な武将
- 南軍: ジェームズ・ロングストリート、ラファイエット・マクローズ/北軍: アンブローズ・バーンサイド、ウィリアム・ベンジャミン(砦の守将)
- 史料
- Official Records(※)
ビーンズ・ステーションの戦い
SP-838 · 1863年12月 · ノックスヴィルを諦めた南軍が、北軍の騎兵を挟もうとして一隊が間に合わない
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(南軍 22 ・ 北軍 18)
- 歴史的概要
- ノックスヴィルの攻めを諦めたロングストリートは、追ってくる北軍の騎兵をビーンズ・ステーションで攻めた。正面で押しつつ、別の騎兵隊を山の向こうから北軍の後ろへ回す手はずだったが、その隊は間に合わず、北軍は夜のうちに退いた。
- 主な武将
- 南軍: ジェームズ・ロングストリート、ウィリアム・マーティン(回り込む騎兵)/北軍: ジェームズ・シャクルフォード
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
南北戦争・オーヴァーランド戦役とシェナンドー 1864
ウィルダネスの戦い 実装済み
SP-367 · 1864年 · 森が深すぎて、誰も戦場が見えない
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 12ターン(5日の夜は時計の印で飛ばす) / 駒 67(北軍 33 ・ 南軍 34)
- 歴史的概要
- 視界数メートルの深い二次林の中で二日間戦い、負傷者が山火事で焼けた。リーの軍は数で劣りながら、森が数の優位を消した。
- 主な武将
- 北軍: グラント、ミード、ハンコック、ウォーレン、セジウィック/南軍: リー(自ら突撃しようとして兵に止められる)、ロングストリート(味方に誤射され重傷)、A・P・ヒル、ゴードン(夕方の側面攻撃)
- 史料
- OR、グラントの回想、ポーターの従軍記
スポットシルヴェニア・血の突出部
CE-6 · 1864年 · 二十時間の白兵
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 10ターン / 駒 35(北軍 18 ・ 南軍 17)
- 歴史的概要
- 突出した陣地の一角をめぐって、雨の中を二十時間、双方が土塁を挟んで撃ち合い、刺し合った。木が銃弾で切り倒されるほどの射撃が続き、それでも戦線は数十メートルしか動かない。
- 主な武将
- 北軍: グラント、ハンコック(突出部を襲う)、アプトン(12個連隊の縦隊突撃)、セジウィック(狙撃で戦死)/南軍: リー、ユーウェル、ゴードン(穴を塞ぐ)、エドワード・ジョンソン(捕虜)
ノースアナの戦い
SP-368 · 1864年 · 逆V字の陣で、敵を二つに割る
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 64(北軍 36 ・ 南軍 28)
- 歴史的概要
- リーは川を頂点とする逆V字(くさび形)の陣を敷き、渡ってきた北軍を二つに分断した。だがリー自身が病床にあり、決定打を出せなかった。
- 主な武将
- 南軍: リー(病床で指揮できず)、A・P・ヒル、アンダーソン/北軍: グラント、ハンコック、ウォーレン、バーンサイド
- 史料
- OR、リーの報告
コールドハーバーの戦い
SP-369 · 1864年 · 七分で七千が倒れる
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 68(北軍 38 ・ 南軍 30)
- 歴史的概要
- 塹壕線への正面突撃が最初の数分で数千の死傷を出した。兵は前夜、服に名前を書きつけていたという。グラントは生涯この攻撃を悔やむ。
- 主な武将
- 北軍: グラント、ハンコック、ライト、スミス/南軍: リー、アンダーソン、ホーク、ブレッキンリッジ
- 史料
- OR、グラントの回想(「私が後悔している唯一の攻撃」)
ニューマーケットの戦い
SP-370 · 1864年 · 士官学校の生徒が、泥の畑を渡って砲を取る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 46(南軍 24 ・ 北軍 22)
- 歴史的概要
- ヴァージニア士官学校の生徒247人が戦列に入り、泥で靴が脱げる畑(「靴の墓場」)を渡って北軍の砲陣を奪った。十人が戦死する。
- 主な武将
- 南軍: ジョン・ブレッキンリッジ(元副大統領)、VMI 生徒隊、インボーデン/北軍: フランツ・シーゲル、ムーア
- 史料
- OR、VMI の記録
モノカシーの戦い
SP-371 · 1864年 · 負けたが、首都を一日分守る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 54(南軍 32 ・ 北軍 22)
- 歴史的概要
- ワシントンへ向かうアーリーの軍を、急ぎ集めた少数の北軍が川で一日足止めした。その一日で首都に増援が入り、「ワシントンを救った戦い」と呼ばれる。
- 主な武将
- 北軍: ルー・ウォーレス(のち『ベン・ハー』の作者)、リケッツ/南軍: ジュバル・アーリー、ゴードン、マカウスランド
- 史料
- OR、ウォーレスの報告
クレーターの戦い
SP-372 · 1864年 · 掘った穴を爆破して、自分たちがその穴に落ちる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 56(北軍 32 ・ 南軍 24)
- 歴史的概要
- 炭鉱夫の連隊が坑道を掘って火薬四トンを爆発させたが、突入した部隊がクレーターの中へ降りてしまい、縁から撃ち下ろされた。
- 主な武将
- 北軍: バーンサイド、ヘンリー・プレザンツ(坑道を掘る)、レッドローソー、フェレロ(後方にいた)/南軍: ウィリアム・マホーン(縁を取り返す)、エリオット
- 史料
- OR、軍法会議の記録
第三次ウィンチェスター
SP-373 · オペクォン)の戦い(1864年 · 峡谷で縦列が詰まって、攻撃が半日遅れる
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 66(北軍 38 ・ 南軍 28)
- 歴史的概要
- 北軍は一本の峡谷に輜重と部隊が詰まって展開が遅れ、その間に南軍が集結した。それでも数で押し切り、シェナンドー渓谷の主導権が移る。
- 主な武将
- 北軍: フィリップ・シェリダン、ライト、クルック、カスター/南軍: ジュバル・アーリー、ロドス(戦死)、ゴードン
- 史料
- OR、シェリダンの回想
シーダークリークの戦い
SP-374 · 1864年 · 朝に全部失い、午後に全部取り返す
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 14ターン / 駒 68(北軍 38 ・ 南軍 30)
- 歴史的概要
- 霧の朝の奇襲で北軍の陣が総崩れになったが、二十キロ離れた町にいたシェリダンが馬を飛ばして戻り、午後に全部を取り返した。南軍は略奪で足が止まっていた。
- 主な武将
- 北軍: フィリップ・シェリダン(20キロを駆け戻る)、ライト、カスター/南軍: ジュバル・アーリー、ゴードン、略奪で止まる部隊
- 史料
- OR、シェリダンの回想、詩『シェリダンの騎行』
トレヴィリアンステーションの戦い
SP-375 · 1864年 · 騎兵同士が、鉄道の周りで二日回り合う
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 12ターン / 駒 56(北軍 28 ・ 南軍 28)
- 歴史的概要
- 戦争中で最も損害の大きい騎兵戦。二日にわたり鉄道の線路をめぐって回り込み合い、互いの背後を取り合った。
- 主な武将
- 北軍: シェリダン、カスター(輜重を失い包囲されかける)、トーバート/南軍: ウェイド・ハンプトン、フィッツヒュー・リー、ローサー
- 史料
- OR、シェリダン・ハンプトン双方の報告
クロイズ・マウンテンの戦い
SP-775 · 1864年5月 · 山の斜面の陣を正面と側面から同時に登り、鉄道を断ちに行く
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 44(北軍 26 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- クルックの北軍はヴァージニア南西部の鉄道を断つために山を越え、クロイズ・マウンテンの斜面に陣を構えた南軍を攻めた。正面と側面から同時に登った北軍が陣を破り、南軍の将ジェンキンズは致命傷を負った。北軍はニューリヴァー橋を焼いて引き上げる。
- 主な武将
- 北軍: ジョージ・クルック、ラザフォード・ヘイズ(のちの大統領)/南軍: アルバート・ジェンキンズ(致命傷)、ジョン・マコーズランド
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
イエロータヴァーンの戦い
SP-711 · 1864年5月 · 首都の手前で、南軍騎兵の名将が撃たれる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 50(北軍 30 ・ 南軍 20)
- 歴史的概要
- シェリダン少将の北軍騎兵軍団はリッチモンドへ向けて南下し、イエロータヴァーンでスチュアート少将の南軍騎兵と戦った。スチュアートは致命傷を負い、翌日死んだ。
- 主な武将
- 北軍: フィリップ・シェリダン、ジョージ・カスター、ウェズリー・メリット/南軍: J・E・B・スチュアート(致命傷)、フィッツヒュー・リー
- 史料
- Official Records(※)
ドルーリーズブラフの戦い
SP-712 · 1864年5月 · 霧の朝、首都の手前の陣地から南軍が打って出る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 56(南軍 30 ・ 北軍 26)
- 歴史的概要
- リッチモンドの南に上陸したバトラー少将のジェームズ軍は、ドルーリーズブラフの南軍陣地の前で止まった。ボーリガード将軍は霧の朝に陣地から打って出て北軍を押し返し、バトラーをバーミューダ・ハンドレッドの半島に閉じ込めた。
- 主な武将
- 南軍: P・G・T・ボーリガード、ロバート・ランサム、ウィリアム・ホワイティング(※到着せず)/北軍: ベンジャミン・バトラー、クインシー・ギルモア、ウィリアム・"バルディ"・スミス
- 史料
- Official Records(※)
ホーズ・ショップの戦い
SP-776 · 1864年5月 · 下馬した騎兵どうしが、森の中の胸壁で七時間撃ち合う
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(北軍 22 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- グラントの軍がパマンキー川を渡る間、シェリダンの騎兵とハンプトンの騎兵はホーズ・ショップの森で当たった。両軍とも馬を降りて胸壁の後ろで撃ち合い、七時間の戦いの末、カスターの旅団が加わった北軍が押し切った。
- 主な武将
- 北軍: フィリップ・シェリダン、デヴィッド・グレッグ、ジョージ・カスター(遅れて加わる)/南軍: ウェイド・ハンプトン、フィッツヒュー・リー
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ピードモントの戦い
SP-713 · 1864年6月 · 谷の奥で、南軍の線の継ぎ目を突く
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(北軍 30 ・ 南軍 24)
- 歴史的概要
- シェナンドー渓谷を南下したハンター少将の北軍は、ピードモントでジョーンズ准将の南軍を攻めた。南軍の二つの部隊の線の継ぎ目に空いた隙間を突いて崩し、ジョーンズは戦死した。
- 主な武将
- 北軍: デイヴィッド・ハンター、ジュリアス・スタヘル/南軍: ウィリアム・E・"グランブル"・ジョーンズ(戦死)、ジョン・ヴォーン
- 史料
- Official Records(※)
第二次ピーターズバーグの戦い
SP-777 · 1864年6月 · 守りの薄い町を、北軍が三日かけて取りそこなう
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 56(北軍 36 ・ 南軍 20)
- 歴史的概要
- グラントはジェームズ川を渡ってピーターズバーグへ向かった。6月15日、町を守るボーリガードの兵は数千しかいなかったが、スミスの軍団は防御線の一部を取ったところで止まり、翌日以降の攻めも各軍団がばらばらに動いた。その間にリーの軍が着いて線を固め、ピーターズバーグは九か月の包囲戦になる。
- 主な武将
- 北軍: U.S.グラント、ジョージ・ミード、ウィリアム・F・スミス、ウィンフィールド・ハンコック/南軍: P.G.T.ボーリガード、ロバート・E・リー(遅れて着く)
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
リンチバーグの戦い
SP-778 · 1864年6月 · 汽車で少しずつ着く援軍を、北軍が大軍と思い込んで退く
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(北軍 22 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- ハンターの北軍はシェナンドー渓谷を南へ進んで鉄道の要リンチバーグに迫った。アーリーの軍団は汽車で少しずつ着き、空の列車を何度も往復させて大軍が来たように見せたと伝わる。二日の戦いの末、ハンターは補給の不安もあって西の山へ退き、渓谷はアーリーに開いた。
- 主な武将
- 北軍: デヴィッド・ハンター、ジョージ・クルック/南軍: ジュバル・アーリー、ジョン・ブレッキンリッジ
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
スティーヴンズ砦の戦い
SP-839 · 1864年7月 · ワシントンの防御線の前で、リンカーンが撃たれる胸壁の上に立つ
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(南軍 22 ・ 北軍 18)
- 歴史的概要
- アーリーの南軍はモノカシーを抜けてワシントンの北の防御線の前まで来た。守備は事務兵や傷病兵ばかりだったが、二日目にピーターズバーグから船で来た第6軍団が着いた。リンカーン大統領は砦の胸壁に立って撃ち合いを見ていた。アーリーは攻めを諦めて渓谷へ退く。
- 主な武将
- 南軍: ジュバル・アーリー、ロバート・ローズ/北軍: ホレイショ・ライト(第6軍団)、エイブラハム・リンカーン(観戦)
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
第二次カーンズタウンの戦い
SP-779 · 1864年7月 · 正面で押さえて側面へ回り、クルックの軍を崩す
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 44(南軍 24 ・ 北軍 20)
- 歴史的概要
- ワシントンを脅かしたのちシェナンドー渓谷へ戻ったアーリーは、追ってきたクルックの北軍をカーンズタウンで攻めた。南軍は正面で押さえつつ東の側面へ回り込み、北軍は崩れてポトマック川まで退いた。この敗北がシェリダンを渓谷へ送る理由になる。
- 主な武将
- 南軍: ジュバル・アーリー、ジョン・ブレッキンリッジ、ジョン・ゴードン/北軍: ジョージ・クルック、ラザフォード・ヘイズ、ジェームズ・マリガン(戦死)
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
グローブタヴァーンの戦い
SP-715 · 1864年8月 · 鉄道を切られた南軍が、四日間取り返しに来る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 56(南軍 28 ・ 北軍 28)
- 歴史的概要
- ピーターズバーグの包囲線で、ウォーレン少将の北軍第5軍団はウェルドン鉄道のグローブタヴァーンを取った。南軍は四日間繰り返し攻めたが取り返せず、鉄道はリッチモンドへの補給路として使えなくなった。
- 主な武将
- 北軍: ガヴァヌーア・K・ウォーレン/南軍: A・P・ヒル、ヘンリー・ヘス、ウィリアム・マホーン
- 史料
- Official Records(※)
リームズ・ステーションの戦い
SP-780 · 1864年8月 · 線路を剥がしていた古参の軍団が、浅い胸壁の中で三方から崩される
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 46(南軍 26 ・ 北軍 20)
- 歴史的概要
- ハンコックの第2軍団はウェルドン鉄道の線路を剥がしていたところを、A.P.ヒルの南軍に襲われた。北軍の胸壁は前の部隊が残した浅いもので、三方から攻められた兵の多くが降伏した。ゲティスバーグで名を上げた軍団の、最もひどい負けとされる。
- 主な武将
- 南軍: A.P.ヒル、ヘンリー・ヘス、ウェイド・ハンプトン/北軍: ウィンフィールド・ハンコック、ジョン・ギボン、ネルソン・マイルズ
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
フィッシャーズヒルの戦い
SP-714 · 1864年9月 · 山の斜面を回り込んで、尾根の陣の端から崩す
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 56(北軍 32 ・ 南軍 24)
- 歴史的概要
- 第三次ウィンチェスターで敗れたアーリー中将の南軍は、フィッシャーズヒルの尾根に陣した。シェリダン少将はクルック少将の軍を山の斜面の森の中を回らせ、南軍の左端を崩した。
- 主な武将
- 北軍: フィリップ・シェリダン、ジョージ・クルック、ホレイショ・ライト/南軍: ジュバル・アーリー、ジョン・B・ゴードン、スティーヴン・ラムサー
- 史料
- Official Records(※)
チャフィンズファームとニューマーケットハイツの戦い
SP-781 · 1864年9月 · 黒人部隊の師団が夜明けに逆茂木を抜き、十四人が名誉勲章を受ける
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 50(北軍 32 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- グラントはリッチモンドの南東で二か所を同時に攻めた。ニューマーケットハイツでは合衆国有色人部隊の師団が夜明けに二重の逆茂木を抜いて南軍の線を奪い、黒人兵十四人が名誉勲章を受けた。北のハリソン砦も落ちたが、その先のギルマー砦への突撃は退けられた。
- 主な武将
- 北軍: ベンジャミン・バトラー、チャールズ・ペイン、エドワード・オード(負傷)/南軍: ロバート・E・リー、ジョン・グレッグ
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ピーブルズ農場の戦い
SP-840 · 1864年9月 · 北軍が西へ線を伸ばして砦を取り、南軍の反撃を受け止める
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 46(北軍 26 ・ 南軍 20)
- 歴史的概要
- ピーターズバーグの包囲線を西へ伸ばすため、北軍のウォーレンとパークの軍団はピーブルズ農場の南軍の砦を攻めて取った。さらに進んだところで南軍のヘスとウィルコックスの反撃を受けて押し戻されたが、取った砦は守り切り、包囲線は西へ伸びた。
- 主な武将
- 北軍: ガヴァヌーア・ウォーレン、ジョン・パーク/南軍: ヘンリー・ヘス、カドマス・ウィルコックス
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
トムズ・ブルックの戦い
SP-782 · 1864年10月 · 追ってきた南軍騎兵が逆に追い散らされ、「ウッドストックの競走」と呼ばれる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 36(北軍 20 ・ 南軍 16)
- 歴史的概要
- シェリダンの軍が渓谷を焼きながら北へ退く間、ロッサーの南軍騎兵は後ろについて追い続けた。シェリダンが騎兵に反転を命じ、トムズ・ブルックでカスターとメリットの師団が南軍を崩すと、南軍騎兵は三十キロ近く追い散らされた。
- 主な武将
- 北軍: アルフレッド・トーバート、ジョージ・カスター、ウェズリー・メリット/南軍: トマス・ロッサー、ラニー・ロマックス
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ボイドトン・プランク道の戦い
SP-841 · 1864年10月 · 西の鉄道を目指した軍団の間に隙間が空き、南軍がそこへ入る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 46(北軍 26 ・ 南軍 20)
- 歴史的概要
- ハンコックの第2軍団はピーターズバーグの南西を回って南軍の最後の鉄道を目指したが、隣の軍団との間に森の隙間が空いた。南軍のヘスはその隙間へ入って北軍の横を突き、ハンコックは日暮れまで持ちこたえたのち、夜に退いた。
- 主な武将
- 北軍: ウィンフィールド・ハンコック、ガヴァヌーア・ウォーレン/南軍: ヘンリー・ヘス、ウェイド・ハンプトン
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
南北戦争・アトランタ戦役と西部の終盤 1864 〜 1865
レサカの戦い
SP-376 · 1864年 · 正面を攻めている間に、背後の道へ回る
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 68(北軍 38 ・ 南軍 30)
- 歴史的概要
- シャーマンは正面で押さえながら、マクファーソンを背後の隘路へ回らせたが、マクファーソンが慎重になって道を取り切らず、南軍は退却できた。
- 主な武将
- 北軍: シャーマン、マクファーソン(慎重すぎる)、トマス、スコフィールド/南軍: ジョセフ・E・ジョンストン、フッド、ポーク
- 史料
- OR、シャーマンの回想
ケネソー山の戦い
SP-377 · 1864年 · 迂回し続けた軍が、一度だけ正面から攻めて失敗する
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 66(北軍 38 ・ 南軍 28)
- 歴史的概要
- 迂回を繰り返してきたシャーマンが、一度だけ正面攻撃を選んで失敗した。山の上の塹壕線は抜けず、その後また迂回に戻る。
- 主な武将
- 北軍: シャーマン、トマス、ハーカー(戦死)、マクック(戦死)/南軍: ジョンストン、クレバーン、チータム(「死の角」)
- 史料
- OR、シャーマンの回想
ピーチツリークリークの戦い
SP-378 · 1864年 · 守将が代わった翌日に、全軍で出る
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 66(北軍 36 ・ 南軍 30)
- 歴史的概要
- 退却を続けたジョンストンが解任され、攻勢を望むフッドが指揮を執った三日後、南軍は塹壕から出て攻撃した。渡河直後の北軍を狙ったが押し返される。
- 主な武将
- 南軍: ジョン・ベル・フッド(片腕片脚を失っている)、ハーディー、スチュワート/北軍: ジョージ・H・トマス、フッカー、ニュートン
- 史料
- OR、フッドの回想
ジョーンズボロの戦い
SP-379 · 1864年 · 最後の鉄道を切られて、都市を捨てる
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 64(北軍 36 ・ 南軍 28)
- 歴史的概要
- アトランタへ入る最後の鉄道を北軍が押さえ、南軍は都市を放棄した。アトランタ陥落はリンカーンの再選を決定づける。
- 主な武将
- 北軍: シャーマン、ハワード、デイヴィス/南軍: ハーディー、S・D・リー、クレバーン
- 史料
- OR、シャーマンの報告
ナッシュビルの戦い
SP-382 · 1864年 · 二日で、一つの軍が消える
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 14ターン / 駒 68(北軍 40 ・ 南軍 28)
- 歴史的概要
- 南北戦争で最も完全な野戦の勝利。二日にわたる攻撃でフッドのテネシー軍は組織として消滅した。氷雨で二週間遅れた攻撃だった。
- 主な武将
- 北軍: ジョージ・H・トマス(「チカマウガの岩」)、シェリダン(騎兵)、ウッド、スティードマン/南軍: ジョン・ベル・フッド、S・D・リー、チータム
- 史料
- OR、トマスの報告
フランクリンの戦い
CW-6 · 1864年 · 二マイルの開けた野を、正面から
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 10ターン / 駒 104(北軍 46 ・ 南軍 58)
- 歴史的概要
- フッドは二マイルの遮蔽の無い野を、正面から、日没前に突撃させた。ゲティスバーグのピケット突撃より広い正面で、より長い距離を歩き、南軍の将軍6名が戦死する。西部の南軍はこの日で壊れた。
- 主な武将
- 南軍: ジョン・ベル・フッド、クレバーン(戦死)、グラニュリー(戦死)、アダムズ(戦死)、ストラール(戦死)/北軍: スコフィールド、オピカ・コックス、ワグナー(前へ出しすぎる)、エマーソン・オピダイク(穴を塞ぐ予備隊)
オルスティの戦い
SP-492 · 1864年2月 · フロリダの松林で
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 8ターン / 駒 34(北 16 ・ 南 18)
- 歴史的概要
- フロリダ内陸へ進んだシーモアの北軍が、オルスティの松林と沼の間で南軍に阻まれて大敗した。黒人部隊(第54マサチューセッツなど)が退却を支えた。
- 主な武将
- 北: シーモア、ホーリー、第54マサチューセッツ/南: フィネガン、コルキット
- 史料
- Official Records
オコロナの戦い
SP-783 · 1864年2月 · 退く北軍騎兵の列を、フォレストが尾根ごとに追い詰める
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(南軍 20 ・ 北軍 20)
- 歴史的概要
- スーイ・スミスの北軍騎兵はシャーマンのメリディアン遠征に加わるはずだったが、遅れたうえにフォレストに迫られて引き返した。オコロナからの退却路で、フォレストの騎兵は尾根ごとに後衛を叩き、北軍は大砲を捨てて逃れた。フォレストの弟ジェフリーが戦死する。
- 主な武将
- 南軍: ネイサン・B・フォレスト、ジェフリー・フォレスト(戦死)/北軍: ウィリアム・スーイ・スミス、ジョージ・ウェアリング
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ニューホープチャーチの戦い
SP-721 · 1864年5月 · 雷雨の夕方、森の教会の前に一つの軍団が突っ込む
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 50(北軍 28 ・ 南軍 22)
- 歴史的概要
- アトランタ戦役。シャーマン少将はアラトゥーナの陣を迂回して南へ回ったが、ジョンストン将軍は先回りしてニューホープチャーチに陣した。フッカー少将の北軍第20軍団は雷雨の夕方に攻めて撃退された。
- 主な武将
- 北軍: ジョセフ・フッカー、ジョン・ギアリー/南軍: アレクサンダー・スチュアート、ジョン・B・フッド(※)
- 史料
- Official Records(※)
ピケッツミルの戦い
SP-722 · 1864年5月 · 敵の線の端を回ったつもりが、端はもっと先にあった
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 50(北軍 28 ・ 南軍 22)
- 歴史的概要
- ハワード少将の北軍は南軍の右端を回り込もうと森を進んでピケッツミルで攻めたが、そこにはクレバーン少将の南軍師団が待っていた。北軍は峡谷で大損害を出した。北軍の公式報告では長く触れられなかった負け戦。
- 主な武将
- 北軍: オリヴァー・O・ハワード、トーマス・ウッド、ウィリアム・ヘイゼン/南軍: パトリック・クレバーン
- 史料
- Official Records(※)、アンブローズ・ビアス(従軍)の回想
ダラスの戦い
SP-842 · 1864年5月 · 胸壁の前の開けた野へ、南軍の師団が偵察の誤りで突っ込む
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 44(北軍 24 ・ 南軍 20)
- 歴史的概要
- ニューホープ・チャーチの線で向き合う中、南軍のベイトの師団は北軍が退き始めたと見て、ローガンの第15軍団の胸壁を攻めた。北軍は退いておらず、開けた野を進んだ南軍は胸壁からの射撃で大きな損害を出して退いた。
- 主な武将
- 北軍: ジョン・ローガン、ジェームズ・マクファーソン/南軍: ウィリアム・ベイト
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ブライス十字路の戦い
SP-493 · 1864年6月 · 騎兵が、倍の歩兵を暑さで削る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 8ターン / 駒 36(南 16 ・ 北 20)
- 歴史的概要
- フォレストの南軍騎兵が、ミシシッピのブライス十字路でスタージスの北軍を迎え、先に着いた北軍の騎兵を叩いてから、暑さの中を急いで来た歩兵を順に破った。北軍は泥の道を逃げた。
- 主な武将
- 南: フォレスト、ライアル、ベル/北: スタージス、グリアソン(騎兵)
- 史料
- Official Records
コルブズ・ファームの戦い
SP-784 · 1864年6月 · 偵察もそこそこに突っ込んだ軍団が、砲列の前の野で崩れる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 44(北軍 24 ・ 南軍 20)
- 歴史的概要
- ケネソー山の南で、フッドの南軍軍団は北軍の右翼へ回り込もうとするフッカーとスコフィールドの軍団に当たり、偵察もそこそこに攻撃をかけた。北軍は砲列を並べて待っており、開けた野を進んだ南軍は大きな損害を出して退いた。
- 主な武将
- 南軍: ジョン・ベル・フッド、カーター・スティーヴンソン、トマス・ハインドマン/北軍: ジョセフ・フッカー、ジョン・スコフィールド、アルフェウス・ウィリアムズ
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
エズラ教会の戦い
SP-494 · 1864年7月 · 急いで出た軍団が、胸壁に当たる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 8ターン / 駒 36(南 18 ・ 北 18)
- 歴史的概要
- アトランタの西でフッドの南軍が、移動中の北軍テネシー軍(ハワード)を横から突こうとしたが、北軍は急いで胸壁を築いていて、南軍は大きな損害を出して退いた。
- 主な武将
- 南: S・D・リー、スチュアート(A・P・)/北: ハワード、ローガン
- 史料
- Official Records
アトランタの戦い
SP-723 · 1864年7月 · 夜通し歩いて敵の側面の外へ出たが、そこにも敵の軍団がいた
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 92(北軍 48 ・ 南軍 44)
- 歴史的概要
- アトランタの守将になったフッド将軍は、ハーディ中将の軍団を夜通し歩かせて北軍のテネシー軍の左側面の外へ回らせ、攻撃させた。だがちょうどその場所へ北軍の第16軍団が着いていて、攻撃は受け止められた。北軍のマクファーソン少将は前線へ出る途中で撃たれて戦死した。
- 主な武将
- 北軍: ジェームズ・マクファーソン(戦死)、ジョン・ローガン、グレンヴィル・ドッジ、フランシス・ブレア/南軍: ジョン・B・フッド、ウィリアム・ハーディ、ベンジャミン・チーサム、パトリック・クレバーン
- 史料
- Official Records(※)
テューペロの戦い
SP-724 · 1864年7月 · 名将フォレストの騎兵を、陣地で待って受ける
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 56(北軍 32 ・ 南軍 24)
- 歴史的概要
- シャーマンの補給線を守るため、A・J・スミス少将の北軍はミシシッピ北部へ入り、テューペロ(ハリスバーグ)で陣地を築いた。スティーヴン・リー中将とフォレスト少将の南軍は正面から攻めて撃退された。
- 主な武将
- 北軍: アンドリュー・J・スミス、ジョセフ・モーワー/南軍: スティーヴン・D・リー、ネイサン・ベッドフォード・フォレスト(負傷)
- 史料
- Official Records(※)
ブラウンズ・ミルの戦い
SP-843 · 1864年7月 · 鉄道を壊しに出た北軍騎兵が囲まれ、ばらばらに囲みを抜ける
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 38(南軍 20 ・ 北軍 18)
- 歴史的概要
- マクックの北軍騎兵はアトランタの南の鉄道を壊しに回り込んだが、帰り道でウィーラーの南軍騎兵にニューナンの近くで囲まれた。マクックは隊を分けて囲みを抜けさせたが、多くが捕らえられ、襲撃は失敗した。
- 主な武将
- 南軍: ジョセフ・ウィーラー/北軍: エドワード・マクック
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
アラトゥーナの戦い
SP-495 · 1864年10月 · 「持ちこたえよ、援軍は来る」
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 7ターン / 駒 30(南 16 ・ 北 14)
- 歴史的概要
- アトランタの後、フッドは北軍の補給線を断とうとアラトゥーナ峠の補給所を攻めた。守るコースの北軍は丘の上の堡塁で一日持ちこたえた。シャーマンが信号で「持ちこたえよ」と伝えた逸話が、のちに讃美歌の題になる。
- 主な武将
- 南: フレンチ(S・G・)、コックレル/北: コース(負傷)、トゥールテロット
- 史料
- Official Records
スプリングヒルの戦い
SP-496 · 1864年11月 · 夜のうちに、敵の軍が目の前を通り過ぎる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 8ターン / 駒 40(南 22 ・ 北 18)
- 歴史的概要
- フッドの南軍はスプリングヒルで北軍スコフィールドの退路の街道に先回りしたが、命令の行き違いで街道を塞がず、北軍は夜のうちに南軍の目の前を通り抜けた。翌日のフランクリン(本編 CW-6)の悲劇へ続く。
- 主な武将
- 南: フッド、チーザム、クリバーン、ベイト/北: スコフィールド、スタンリー
- 史料
- Official Records
ハニーヒルの戦い
SP-785 · 1864年11月 · 沼と森に挟まれた道で、北軍が塹壕の丘を攻めあぐねる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(北軍 24 ・ 南軍 16)
- 歴史的概要
- シャーマンのサヴァンナ到着を助けるため、ハッチの北軍はサウスカロライナの海岸から上陸し、チャールストン・サヴァンナ鉄道を断とうと内陸へ進んだ。ハニーヒルの丘に陣取った南軍は数で劣ったが、沼と森に挟まれた道を進む北軍を砲で止め、北軍は退いた。
- 主な武将
- 北軍: ジョン・ハッチ、エドワード・ポッター、第54・第55マサチューセッツ連隊/南軍: グスタヴス・スミス、チャールズ・コルコック
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
マカリスター砦の戦い
SP-844 · 1864年12月 · 海への進軍の最後に、土塁を十五分で落として艦隊と手をつなぐ
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 36(北軍 24 ・ 南軍 12)
- 歴史的概要
- サヴァンナの前に着いたシャーマンは、艦隊と連絡するためオギーチー川のマカリスター砦を落とす必要があった。ヘイズンの師団は夕方、逆茂木と地雷の埋まった土塁へ全周から同時に突撃し、十五分ほどで砦を取った。シャーマンは川向こうの精米所の屋根からこれを見ていた。
- 主な武将
- 北軍: ウィリアム・ヘイズン、ウィリアム・シャーマン(観戦)/南軍: ジョージ・アンダーソン
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ベントンヴィルの戦い
SP-383 · 1865年 · 最後に一度だけ、集まって攻める
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 62(北軍 34 ・ 南軍 28)
- 歴史的概要
- シャーマンの行軍の途中、ジョンストンが最後にかき集めた軍で片翼を襲った。一度は押したが、集まってきた北軍に囲まれて退く。東部戦線最後の大きな会戦。
- 主な武将
- 北軍: シャーマン、スロカム、ハワード/南軍: ジョセフ・E・ジョンストン、ハーディー(息子が戦死)、ブラッグ
- 史料
- OR、ジョンストンの回想
リヴァーズ・ブリッジの戦い
SP-845 · 1865年2月 · 冬の沼を腰まで浸かって渡り、橋を守る南軍の横へ出る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 38(北軍 24 ・ 南軍 14)
- 歴史的概要
- カロライナへ入ったシャーマンの軍の一部は、サルケハッチー川のリヴァーズ・ブリッジで南軍に止められた。北軍は冬の沼を腰まで水に浸かって二日かけて渡り、南軍の陣の横へ出た。囲まれかけた南軍は退いた。
- 主な武将
- 北軍: ジョセフ・モワー、フランシス・ブレア/南軍: ラファイエット・マクローズ
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ナチュラル・ブリッジの戦い
SP-846 · 1865年3月 · 川が地面の下へ潜る天然の橋で、民兵と士官候補生が州都への道を守る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 36(南軍 18 ・ 北軍 18)
- 歴史的概要
- フロリダの北軍は州都タラハシーを目指し、セントマークス川が地面の下へ潜る「天然の橋」を渡ろうとした。南軍は民兵と神学校の士官候補生まで集めて橋の先に胸壁を築き、北軍の三度の攻めを退けた。タラハシーは、戦争の終わりまで北軍に落とされなかったミシシッピ川以東でただ一つの南部の州都となる。
- 主な武将
- 南軍: ウィリアム・ミラー、サム・ジョーンズ、士官候補生の隊/北軍: ジョン・ニュートン
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ワイズ・フォークの戦い
SP-847 · 1865年3月 · 内陸へ進む北軍の前で、南軍が最後の攻勢をかける
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 46(北軍 26 ・ 南軍 20)
- 歴史的概要
- シャーマンと合流するため海岸から内陸へ進むコックスの北軍を、ブラッグの南軍がキンストンの近くで攻めた。初日は北軍の一連隊を囲んで降らせたが、続く攻めは胸壁に退けられ、北軍の援軍が来るとブラッグは退いた。
- 主な武将
- 北軍: ジェイコブ・コックス、ジョン・スコフィールド/南軍: ブラクストン・ブラッグ、ロバート・ホーク
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
モンローズ・クロスローズの戦い
SP-848 · 1865年3月 · 夜明けの奇襲で北軍騎兵の将が寝間着で逃げ、野営地を取り返す
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 38(南軍 20 ・ 北軍 18)
- 歴史的概要
- カロライナでハンプトンとウィーラーの南軍騎兵は、キルパトリックの北軍騎兵の野営地を夜明けに襲った。キルパトリックは寝間着のまま逃げたと伝わる。だが南軍が野営地の荷を奪っている間に北軍は沼の縁で立て直し、野営地を取り返した。
- 主な武将
- 南軍: ウェイド・ハンプトン、ジョセフ・ウィーラー/北軍: ジャドソン・キルパトリック
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
アヴェラスボロの戦い
SP-725 · 1865年3月 · ベントンヴィルの三日前、川と沼の間の狭い地で時間を稼ぐ
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 50(北軍 30 ・ 南軍 20)
- 歴史的概要
- カロライナ戦役。ハーディ中将の南軍は、ケープフィア川と沼に挟まれた狭いアヴェラスボロで三重の線を敷き、スローカム少将の北軍左翼を一日止めた。ジョンストン将軍がベントンヴィルに兵を集める時間を稼ぐためだった。
- 主な武将
- 南軍: ウィリアム・ハーディ、ウィリアム・タリアフェロ、ラファイエット・マクローズ/北軍: ヘンリー・スローカム、アルフィアス・ウィリアムズ、ジャドソン・キルパトリック
- 史料
- Official Records(※)
セルマの戦い
SP-726 · 1865年4月 · 騎兵が下馬して、市を囲む長い土塁を夕方に抜く
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(北軍 30 ・ 南軍 22)
- 歴史的概要
- ウィルソン少将の北軍騎兵軍団はアラバマのセルマを攻めた。市を囲む長い土塁を守るフォレスト中将の南軍は兵が足りず、北軍の騎兵は馬を降りて夕方に土塁を抜き、南軍の兵器工場の町を取った。
- 主な武将
- 北軍: ジェームズ・H・ウィルソン、イーライ・ロング(負傷)、エモリー・アプトン/南軍: ネイサン・ベッドフォード・フォレスト、リチャード・テイラー(※脱出)
- 史料
- Official Records(※)
ブレイクリー砦の戦い
SP-786 · 1865年4月 · リーの降伏と同じ日、三キロの土塁へ全線同時の突撃をかける
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(北軍 34 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- モービルを攻める北軍は、モービル湾の東岸にあるブレイクリー砦の土塁を囲んだ。4月9日の夕方、黒人部隊の師団を含む北軍は全線で同時に突撃し、二十分ほどで土塁を越えた。同じ日、遠いヴァージニアではリーが降伏していた。
- 主な武将
- 北軍: エドワード・キャンビー、フレデリック・スティール、ジョン・ホーキンズ(有色人部隊)/南軍: セント・ジョン・リデル、フランシス・コクレル
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
コロンバスの戦い
SP-849 · 1865年4月 · 夜の橋を騎兵が下馬して駆け渡り、南部の工業の町を取る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 36(北軍 22 ・ 南軍 14)
- 歴史的概要
- セルマを落としたウィルソンの北軍騎兵はジョージアのコロンバスへ向かった。アプトンの師団は夜、チャタフーチー川の橋を守る南軍の陣を下馬して攻め、闇の中で守備兵と入り混じったまま橋を駆け渡って町を取った。リーの降伏から一週間後の戦い。
- 主な武将
- 北軍: ジェームズ・ウィルソン、エモリー・アプトン/南軍: ハウエル・コブ
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
南北戦争・終盤の追撃 1865
ファイブフォークスの戦い
SP-384 · 1865年 · 将軍が魚を焼いている間に、右翼が消える
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 62(北軍 36 ・ 南軍 26)
- 歴史的概要
- 南軍の指揮官三人が後方で魚の丸焼きの会食をしている間に攻撃が始まり、音響の影で誰も気づかなかった。右翼が崩れ、ピーターズバーグの放棄が決まる。
- 主な武将
- 北軍: シェリダン、ウォーレン(この日に解任される)、カスター、チェンバレン/南軍: ジョージ・ピケット(会食中)、フィッツヒュー・リー、ローサー
- 史料
- OR、シェリダンの報告、ピケットの弁明
セイラーズクリークの戦い
SP-385 · 1865年 · 「我が軍はもう消えたのか」
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 62(北軍 36 ・ 南軍 26)
- 歴史的概要
- 退却するリーの軍の四分の一が、小川の渡渉点で追いつかれて降伏した。丘からそれを見たリーが「我が軍はもう消えたのか」と言ったと伝わる。三日後にアポマトックスで降伏。
- 主な武将
- 北軍: シェリダン、カスター、ライト/南軍: リチャード・イーウェル(捕虜)、カーショウ(捕虜)、アンダーソン、海兵と水兵の急造大隊
- 史料
- OR、リーの言葉(ゴードンの回想)
第二次フィッシャー砦の戦い
SP-787 · 1865年1月 · 艦砲で崩した土塁の陸の面へ、陸兵と水兵が二方から登る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 48(北軍 30 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- 南軍に残った最後の大きな港ウィルミントンを守るフィッシャー砦に、北軍は二度目の攻撃をかけた。艦隊の砲撃で陸の面の大砲をつぶしたのち、水兵と海兵隊が海側の角へ、エイムズの師団が川側から突撃した。水兵の隊は撃退されたが、その間に陸兵が胸壁に取りつき、塁ごとの白兵戦の末に砦は夜に落ちた。
- 主な武将
- 北軍: アルフレッド・テリー、エイドルバート・エイムズ、デヴィッド・ポーター(艦隊)/南軍: ウィリアム・ラム(負傷)、ウィリアム・ホワイティング(致命傷)
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ハッチャーズ・ランの戦い
SP-850 · 1865年2月 · 冬の小川の線へ包囲線を伸ばし、南軍の反撃を受け止める
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 46(北軍 26 ・ 南軍 20)
- 歴史的概要
- グラントはピーターズバーグの包囲線をさらに西のハッチャーズ・ランへ伸ばした。南軍は北軍の伸びた先を突いて押し戻し、南軍の将ペグラムが戦死した。北軍は押し戻されながらもハッチャーズ・ランまで線を伸ばし、リーの線はさらに薄くなる。
- 主な武将
- 北軍: ガヴァヌーア・ウォーレン、アンドリュー・ハンフリーズ/南軍: ジョン・ゴードン、ジョン・ペグラム(戦死)
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ウェインズボロの戦い
SP-788 · 1865年3月 · 渓谷のアーリーの最後の軍が、開いた側面への一撃で消える
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 34(北軍 20 ・ 南軍 14)
- 歴史的概要
- シェリダンの騎兵は冬の渓谷を南へ進み、ウェインズボロで尾根に陣を取ったアーリーの残兵と当たった。カスターは森を抜けて南軍の左の開いた側面を見つけ、正面と側面から同時に突っ込んだ。南軍はほとんど抵抗できずに崩れて千数百が捕らえられ、アーリーはわずかな供と逃れた。
- 主な武将
- 北軍: フィリップ・シェリダン、ジョージ・カスター/南軍: ジュバル・アーリー、ガブリエル・ウォートン
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
ステッドマン砦の戦い
SP-716 · 1865年3月 · 夜明け前、包囲線の砦を内側から奪う最後の賭け
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(北軍 30 ・ 南軍 24)
- 歴史的概要
- リー将軍の最後の攻勢。ゴードン少将の南軍は夜明け前に北軍の包囲線のステッドマン砦を急襲して奪ったが、奥の砦に進めず、北軍の反撃で砦を失って大損害を受けた。
- 主な武将
- 南軍: ジョン・B・ゴードン/北軍: ジョン・パーク、ジョン・ハートランフト
- 史料
- Official Records(※)
ディンウィディ・コートハウスの戦い
SP-789 · 1865年3月31日 · ファイブフォークスの前日、押し戻されながら町を守る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 44(南軍 24 ・ 北軍 20)
- 歴史的概要
- グラントはピーターズバーグの南西を回ってリーの最後の鉄道を断とうとし、シェリダンの騎兵をディンウィディ・コートハウスへ出した。ピケットの歩兵とフィッツヒュー・リーの騎兵に押されたシェリダンは、下馬した騎兵で一つずつ線を敷き直しながら町まで退いて踏みとどまった。翌日、ピケットはファイブフォークスへ下がる。
- 主な武将
- 北軍: フィリップ・シェリダン、ジョージ・カスター、トマス・デヴィン/南軍: ジョージ・ピケット、フィッツヒュー・リー
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
第三次ピーターズバーグの戦い
SP-717 · 1865年4月 · 十か月の包囲線を、一つの軍団の楔が抜く
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 90(北軍 52 ・ 南軍 38)
- 歴史的概要
- ファイブフォークスの翌日、グラント中将は包囲線の全線で攻撃をかけた。ライト少将の第6軍団が夜明けに南軍の線を楔の形で抜き、南軍のA・P・ヒル中将は戦死した。リー将軍はその夜ピーターズバーグとリッチモンドを捨てて西へ退く。
- 主な武将
- 北軍: ユリシーズ・S・グラント、ホレイショ・ライト、ジョン・ギボン、ジョン・パーク/南軍: ロバート・E・リー、A・P・ヒル(戦死)、ジェームズ・ロングストリート
- 史料
- Official Records(※)
アポマトックス・コートハウスの戦い
SP-718 · 1865年4月 · 最後の朝、騎兵の幕の後ろに歩兵がいた
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 50(北軍 32 ・ 南軍 18)
- 歴史的概要
- 西へ逃れたリー軍は、アポマトックス・コートハウスで道を塞ぐシェリダンの北軍騎兵を朝に攻めて押した。だが騎兵が退いた後ろには、夜通し歩いてきた北軍の歩兵軍団が並んでいた。リーはその日のうちに降伏を決めた。
- 主な武将
- 南軍: ロバート・E・リー、ジョン・B・ゴードン、フィッツヒュー・リー/北軍: フィリップ・シェリダン、エドワード・オード、チャールズ・グリフィン、ジョージ・カスター
- 史料
- Official Records(※)
パルミト牧場の戦い
SP-790 · 1865年5月 · リーの降伏から一か月後、テキサスの川べりで最後の戦いが起きる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 32(北軍 16 ・ 南軍 16)
- 歴史的概要
- リーの降伏の知らせが届いた後も、テキサス南端のリオグランデ河口では両軍が向き合っていた。北軍のバレット大佐は兵を出してパルミト牧場の南軍の野営地を襲ったが、フォードの南軍騎兵と砲に押し返され、ブラウンズヴィル方面へ退いた。南北戦争で最後の陸の戦いとされ、勝ったのは南軍だった。
- 主な武将
- 北軍: セオドア・バレット、デヴィッド・ブランソン/南軍: ジョン・“リップ”・フォード
- 史料
- Official Records(O.R.)、各州の連隊史
メキシコ出兵 1862 〜 1863
プエブラの戦い
SP-333 · 1862年 · 世界最強の軍が、丘二つで止まる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 54(メキシコ 26 ・ フランス 28)
- 歴史的概要
- 当時世界最強と言われたフランス軍が、二つの丘の砦に拠るメキシコ軍に三度の突撃を退けられた。五月五日(シンコ・デ・マヨ)として記念される。
- 主な武将
- メキシコ: イグナシオ・サラゴサ、ポルフィリオ・ディアス(のち大統領)/フランス: ロランセ将軍
- 史料
- サラゴサの報告、フランス側の記録
カマロンの戦い
SP-334 · 1863年 · 六十五人が、廃屋で最後まで
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 38(メキシコ 26 ・ 外人部隊 12)
- 歴史的概要
- フランス外人部隊の六十五人が廃屋に籠り、二千に囲まれて一日戦った。生き残った三人は武器を持ったままの退去を許される。外人部隊の記念日。
- 主な武将
- 外人部隊: ジャン・ダンジュー大尉(木製の義手・戦死)、モーデ、ヴィラン/メキシコ: フランシスコ・デ・パウラ・ミラン
- 史料
- フランス側の報告、メキシコ側の記録
パラグアイ戦争 1866
トゥユティの戦い
SP-335 · 1866年 · 南米史上最大の会戦
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 14ターン / 駒 70(三国同盟 40 ・ パラグアイ 30)
- 歴史的概要
- パラグアイ軍が湿地の間の四つの道から同時に突撃したが、到着がずれて各個に撃たれた。南米史上最大の会戦で、一日でパラグアイの精鋭が失われる。
- 主な武将
- 三国同盟: バルトロメ・ミトレ(アルゼンチン)、オゾリオ(ブラジル)、フローレス(ウルグアイ)/パラグアイ: フランシスコ・ソラノ・ロペス、バリオス、ディアス
- 史料
- ブラジル・アルゼンチン側の報告、パラグアイ側の記録