シャイローの戦い
1862年 · 北米 重量
北軍 — 南軍 · 26ターン · 駒 59
ブリーフィング
"Well, Grant, we've had the devil's own day, haven't we?" "Yes. Lick 'em tomorrow, though."
「ひどい一日でしたな、グラント」「ああ。だが明日は叩き返す」――4月6日の夜、雨の樫の下でのシャーマンとグラント(後年の逸話・伝)
シャイロー、1862年4月6日〜7日、テネシー州ハーディン郡。テネシー川西岸のピッツバーグ・ランディング。北をスネーク・クリーク、南東をリック・クリークに挟まれた袋の底。グラントのテネシー軍はそこに野営していた――塹壕は掘っていない。コリンスへ攻め上がるための集結地であって、守るための陣地ではなかったからだ。4月6日の夜明け、コリンスから22マイルを歩いてきたA・S・ジョンストンのミシシッピ軍が、その野営地に正面からなだれ込む。ジョンストンは攻撃のさなか「今夜はテネシー川で馬に水を飲ませる」と言った。シャーマンとプレンティスの野営地が潰され、崩れかけた北軍の中央に一本の窪んだ道が残る。W・H・L・ウォレスとプレンティスがそこで6時間、11回から12回の突撃を撃ち返した。南軍の兵は飛び交う弾の音からそこをスズメバチの巣と呼んだ。午後2時30分、桃園でジョンストンが撃たれて戦死。ラグルズが約50門の砲を一列に並べてスズメバチの巣を崩し、午後5時半にプレンティスが2,200名とともに降伏する。だがこの6時間が北軍を救った。グラントは船着き場の手前、ディル支流の谷の後ろに最後の線を敷き、重砲と川の砲艦がそこを支えた。日没前、南軍の最後の突撃が谷で止まる。その夜、雨の中でルー・ウォレス師団が北から到着し、ビュエルのオハイオ軍が東から川を渡り終えた。
【勝ち方】勝敗は点差ひとつで決まる。点差=(自軍が支配する拠点の点数 − 敵軍が支配する拠点の点数)+(敵に与えた損害 − 自軍が受けた損害)。13点リードして終われば戦術的勝利、102点で作戦的勝利、205点で圧倒的勝利。どちらも13点に届かなければ引き分けである。盤の拠点は全部で150点で、8か所すべてが開幕から北軍のもの――南軍が何もしなければ、点差は北軍に傾いたままである。さらに南軍には点差と関わりのない道が1本ある――Pittsburg Landing に駒が乗った瞬間、南軍の勝ちである。
【南軍】ミシシッピ軍。A・S・ジョンストン(初日午後に戦死)、以後ボーリガード。ハーディー軍団(Hindm ハインドマン/Clebn クレバーン/Wood)。ブラッグ軍団(Gibsn ギブソン/Andsn パットン・アンダースン/Pond/Gladn グラッデン/Chalm チャーマーズ/Jacks ジャクソン)。ポーク軍団(Russl ラッセル/Stewt A・P・スチュワート/Johns ブッシュロッド・ジョンソン/Steph スティーヴンス)。予備(Trabu トラビュー/Bowen ボーエン/Stath ステイサム)。騎兵に Forst ネイサン・ベッドフォード・フォレスト、Whart ウォートン、Clant クラントン。
【北軍】テネシー軍(グラント)。開幕から盤上にいるのは5-* シャーマン師団、6-* プレンティス師団、1-* マクラーナンド師団、2-* W・H・L・ウォレス師団、4-* ハーバート師団、船着き場の重砲 Siege Madis(20ポンド・パロット砲8門・移動力2)、騎兵 Cav Dicky。増援は北の縁から 3-* ルー・ウォレス師団(T13〜。史実では道を間違えて初日に間に合わなかった)、東の渡し場から オハイオ軍(ビュエル)の O4-* ネルソン T13〜、O5-* クリテンデン T14、O2-* マクック T15〜、O6-20 ウッド T19。
【この盤で試せる判断】南軍として初日に船着き場まで届くか。スズメバチの巣を正面から抜くか迂回するか(Hornets Nest と Duncan Field は防御2倍)。北軍としてどこで踏みとどまるか。ルー・ウォレスをどう使うか。ビュエルが渡り終えるまで持ちこたえられるか。
【結末】翌朝、数の入れ替わった戦場で北軍が押し返し、午後3時にボーリガードはコリンスへ退いた。二日の死傷者は合わせて約23,700名――それまでアメリカが戦ったすべての戦争の死傷者を足したより多い。誰もが、戦争はひと夏で終わると思っていた。シャイローの後、誰も思わなくなる。グラントは後年、この二日で考えを改めたと書いた。反乱は自然に萎れはしない、南部を完全に屈服させる以外に終わり方は無い、と。ジョンストンは膝の裏を撃たれ、血が止まらずに死んだ。傷を縛れる者が近くにいなかった――自分の軍医を、捕虜になった北軍の負傷兵を診させるために送り出していたからである。ピッツバーグ・ランディングの野営地には、そのあとで塹壕が掘られた。この戦争の兵は、もう掘らずには寝ない。
スズメバチの巣に、六時間の朝があった
夜が来て、雨が来て、船が来た
翌朝、数が入れ替わっていた
誰もが、ひと夏で終わると思っていた
この日から、兵は掘らずには寝ない
部隊名の一部は5文字への畳み方を含む。
1ヘクス=200m、1ターン=60分、1CS≒500名。1日目 T1〜T13 = 4/6 05:00〜18:00、2日目 T14〜T26 = 4/7 06:00〜18:00。
地図
ピッツバーグ・ランディング
コリンス
サヴァンナ
クランプス・ランディング
ハンバーグ
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ピッツバーグ・ランディング
シャイロー教会
窪んだ道(雀蜂の巣)
桃園
アウル・クリーク
リック・クリーク
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