サラトガの戦い
1777年 · 北米 中量
英国軍 — 大陸軍 · 10ターン · 駒 47
ブリーフィング
"This Army must not Retreat."
「この軍は退かない」──ジョン・バーゴイン、南下を始める前の一般命令(1777年6月、クラウン・ポイント)
ベネディクト・アーノルドは、この日、何の指揮権も持っていなかった。九月十九日のフリーマン農場の戦いの報告をめぐってゲイツと口論し、ベミス高地の本営で役職を外されていたのである。午後二時過ぎ、北の森から銃声が聞こえてくると、彼は馬に乗って出ていった。ゲイツが呼び戻しの使者を出したが、使者が追いついたのは全部が終わってからだった。
十月七日の昼、バーゴインは宿営地を出た。糧秣は尽きかけ、南からの援軍は来ない。千五百から二千の兵と十門の砲で、アメリカ軍の左翼の先に何があるかを見に行く ── 偵察である。兵はバーバーの麦畑に横隊を組み、座り込んで麦を刈らせた。その南、ミル・クリークの谷の向こうのチャットフィールド農場から、アメリカ軍の前哨がそれを見ていた。
盤は午後一時半、麦畑に横隊ができあがったところから始まる。北にはフリーマン農場のバルカラス堡塁と、その先のブレイマン堡塁。二つのあいだには丸太小屋が二つあり、カナダ兵が守っている。堡塁はどちらも西と南を向いていて、背中は開いている。
【勝利線の読み方】画面の「点差」は、英軍から見た一本の数字である ── 英軍が持っている地点の点から大陸軍が持っている点を引き、そこへ与えた損害を足し、受けた損害を引く。終了ターンにこの数字を読む。「勝利線」はその数字の互角の位置で、0点ではない。この盤は開幕から英軍が地点の点で大きく勝っているので、大陸軍がその差を押し戻したところがようやく互角になる。線より上なら英軍、下なら大陸軍の勝ちで、線からのひらきが大きいほど勝ちの級が上がる。
【バーゴインの勝ち方/ゲイツの勝ち方】開幕の点差は +55。二つの堡塁と麦畑を英軍が持ち、チャットフィールドとニールソンの二つの農場を大陸軍が持っている。勝利線は +13。英軍は、麦畑を失っても二つの堡塁を持ち、受けた損害と同じだけの損害を与えていれば線の上に残る。大陸軍は線の下へ押し込めば勝ちである。麦畑を取っただけでは拠点の差が +15 で、まだ線の上にいる。あと少し ── 偵察隊を堡塁へ帰さずに削るか、堡塁のどちらかに手をかけるか。
【一度に動かせる駒】英軍は十九体のうち十二。大陸軍は盤上二十体のうち十三で始まり、T3にテン・ブルックの民兵が着くと十五、T4にアーノルドが盤へ出ると十八になる。T6とT7に入るパターソンとグラヴァーの旅団は、駒は増えるが枠は増えない。盤の札で Canadian Cabins と出ている丸太小屋の升を大陸軍に取られると、英軍は十二から九へ落ちる。時間は大陸軍の味方である。ただし、日は十八時に暮れる。
【指揮官】英軍:Burgoyne=ジョン・バーゴイン中将(みずから偵察隊を率いた)/Phillips=ウィリアム・フィリップス少将/Riedesel=フリードリヒ・フォン・リーデゼル少将(ブラウンシュヴァイク軍)/Fraser Brigadier=サイモン・フレイザー准将(この日、ライフル兵に撃たれて翌朝死んだ)/LightInf Balcarres=バルカラス伯アレグザンダー・リンジー少佐(軽歩兵・自分の名の堡塁を守り抜いた)/Grenadiers Acland=ジョン・ダイク・アクランド少佐(両脚を撃たれて捕虜)/24th Foot Agnew=ウィリアム・アグニュー少佐/Brunswick Specht=ヨハン・シュペヒト准将/R.Artillery Williams=グリフィス・ウィリアムズ少佐(砲を失い捕虜)/Hanau Pausch=ゲオルク・パウシュ大尉(ヘッセン=ハーナウの砲)/Breymann Grenadiers=ハインリヒ・フォン・ブレイマン中佐(自分の堡塁で戦死)/Marksmen Capt.Fraser=アレグザンダー・フレイザー大尉(狙撃隊)。駒になっていない人:サー・フランシス・クラーク(バーゴインの副官・撃たれてゲイツの本営で死んだ)。
大陸軍:Arnold=ベネディクト・アーノルド少将(指揮権なし)/Morgan=ダニエル・モルガン大佐(ライフル隊)/Riflemen Butler=リチャード・バトラー中佐/Dearborn=ヘンリー・ディアボーン少佐(軽歩兵。二年前、バンカーヒルの浜の石垣にいた)/Poor=イーノック・プア准将/1st NH Cilley=ジョゼフ・シリー大佐/3rd NH Scammell=アレグザンダー・スキャメル大佐/2nd NY VanCortlandt=フィリップ・ヴァン・コートランド大佐/4th NY Livingston=ヘンリー・B・リヴィングストン大佐/CT Militia Cook・Latimer=サディアス・クック大佐・ジョナサン・ラティマー大佐/Learned=エベニーザー・ラーニッド准将/2nd Mass Bailey=ジョン・ベイリー大佐/8th Mass Brooks=ジョン・ブルックス中佐(ブレイマン堡塁に最初に入った連隊)/9th Mass Wesson=ジェイムズ・ウェッソン大佐/1st Canada Livingston=ジェイムズ・リヴィングストン大佐(カナダ人の大陸軍連隊)/NH Militia Drake・Evans=エイブラハム・ドレイク大佐・スティーヴン・エヴァンズ大佐/Ten Broeck=エイブラハム・テン・ブルック准将(オールバニ郡民兵)/Nixon=ジョン・ニクソン准将/Paterson=ジョン・パターソン准将/Glover=ジョン・グラヴァー准将。駒になっていない人:ホレイショ・ゲイツ少将(本営を一度も出なかった)、ティモシー・マーフィー(フレイザーを撃ったと伝えられるモルガン隊の兵・伝)。
【この盤で試せる判断】
一、麦畑で踏みとどまるか、すぐに堡塁へ下がるか。バーゴインは偵察に出た兵を一時間で失いかけた。麦畑の二十点のために、堡塁の八十点を空けておく値打ちはあるか。
二、正面か、西の森か。モルガンのライフル隊は射程二で、開けた麦畑にだけ届く。森を回って英軍の右の裏へ出るか、谷を越えて正面から押すか。
三、どちらの堡塁を狙うか。バルカラス堡塁は丸太と土の三百メートルで、西と南を向いている。ブレイマン堡塁は一本の胸墻だけで、背中が開いている。アーノルドは先に強い方へ突っ込み、跳ね返されてから弱い方へ回った。
四、丸太小屋。二つの堡塁のあいだの一升を取れば、英軍の手が三つ減る。だがその一升は、両方の堡塁から撃たれる場所にある。
【結末】ブレイマン堡塁は暮れ方に落ちた。ブルックスの連隊が正面から、モルガンの兵が裏から入り、ブレイマンは堡塁の中で死んだ。アーノルドは小屋のあいだを馬で抜けて堡塁の裏に出たところで馬ごと撃たれ、倒れた馬の下で左脚を砕かれた。二年前、ケベックの城壁の下で撃たれたのと同じ脚である。バルカラス堡塁は夜まで持ちこたえた。フレイザーは翌朝リーデゼル男爵夫人の宿で死に、その日の夕方、自分の望んだとおり大堡塁に葬られた。アメリカ軍の砲は、それが葬儀だと気づくと撃つのをやめた。その夜、バーゴインは焚き火を燃やしたまま宿営地を捨てて北へ退いた。十日後、サラトガの村で約六千の兵が武器を置いた。この知らせがパリに届いて、翌年二月、フランスはアメリカと同盟を結んだ。アーノルドは三年後、ウェスト・ポイントを英軍に売ろうとして露見し、英軍の准将になった。いまサラトガの戦場には、名前を刻まない碑が一つある。彫られているのは、長靴を履いた片脚だけである。
麦畑は、刈り終わらなかった
丸太小屋のあいだを、一騎が抜けた
同じ脚が、二度砕けた
碑には長靴だけが彫られ、名前は無い
この軍は退かない、と書いた人は
その夜、焚き火を残して北へ退いた
九月十九日のフリーマン農場の戦いは盤に載せていない。二つの堡塁はその後に築かれたもので、一枚に畳むと、一日目の盤に存在しない堡塁が立ってしまう。ハドソン川沿いの大堡塁と、そこで動かなかったハミルトンの旅団も盤の外に置いた(載せると勝敗の分母だけが動く)。ライフル兵の射程二は、マスケットより遠くから将校を狙えた腕を、盤の規則に置き換えたものである。
1ヘクス=150m、1ターン=30分、1CS≒50名。T1=10/7 13:30、T2=14:00(麦畑で最初の銃声)、T4=15:00(アーノルドが盤に出る)、T6=16:00(偵察隊が堡塁へ下がる)、T8=17:00(バルカラス堡塁への突撃)、T10=18:00(ブレイマン堡塁が暮れ方に落ちる)。
地図
サラトガ(ベミス高地)
タイコンデロガ砦
エドワード砦
サラトガ村
オールバニ
ベニントン
シャンプレーン湖
ジョージ湖
ハドソン川
モホーク川
バーゴインの南下
バルカラス堡塁
ブレイマン堡塁
バーバーの麦畑
ミル・クリーク
チャットフィールド農場
ニールソン農場
ベミス高地
ハドソン川
英軍宿営地
モルガン