ヨーロッパ(中世)
- カロリング内戦・ヴァイキング時代とアングロサクソン 12
- 神聖ローマ帝国の戦い 8
- ノルマンとアンジューの戦い 7
- シチリアとイタリア都市国家 11
- 第二次バロン戦争 2
- レコンキスタ 6
- イベリアの王位継承戦争 4
- スコットランド独立戦争と英蘇国境の争い 10
- フランドルの反乱 7
- 百年戦争 19
- 北欧の戦い 2
- スイス独立とブルゴーニュ戦争 10
- フス戦争 4
- 薔薇戦争 13
カロリング内戦・ヴァイキング時代とアングロサクソン 841 〜 1066
フォントノワ=アン=ピュイゼーの戦い
SP-188 · 841年 · 兄弟三人で、帝国を割る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 56(ロタール 28 ・ ルートヴィヒ=シャルル 28)
- 歴史的概要
- カール大帝の孫たちが帝国の相続をめぐって戦い、フランク貴族の多くが一日で失われた。二年後のヴェルダン条約=フランス・ドイツ・イタリアの原型は、この戦いの結果である。
- 主な武将
- ロタール1世側: ロタール1世、ピピン2世(アキテーヌ)/連合側: ルートヴィヒ2世(ドイツ人王)、シャルル2世(禿頭王)、アダルハルト
- 史料
- ニタルドゥス『歴史』、アンジルベルトゥスの詩
アンデルナッハの戦い
SP-561 · 876年 · 兄の遺領を取りに来た叔父を、甥がライン河畔で迎える
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 50(西フランク 28 ・ 東フランク 22)
- 歴史的概要
- 東フランク王ルートヴィヒ2世の死後、その遺領を奪おうとした西フランク王シャルル2世(禿頭王)は、アンデルナッハで甥のルートヴィヒ(若王)の軍に大敗した。カロリング家の分裂が固まる一戦。
- 主な武将
- 東フランク: ルートヴィヒ3世(若王)/西フランク: シャルル2世(禿頭王)
- 史料
- 『フルダ年代記』、『サン=ベルタン年代記』
エディントンの戦い
VK-1 · 878年 · 沼から出てきた王
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 20(ウェセックス 10 ・ デーン 10)
- 歴史的概要
- 冬の急襲で王国を失ったアルフレッドが、沼地の砦から呼びかけて三州の民兵を集め、一本の盾の壁でグスルムのデーン軍を押し切った。グスルムは洗礼を受け、イングランドは半分だけ残る。
- 主な武将
- ウェセックス軍: アルフレッド大王、エゼルノス(サマセット)、ウルフヒア(ウィルトシャー)/デーン軍: グスルム(洗礼を受けて退く)、オスケテル
ソクールの戦い
SP-562 · 881年 · ヴァイキングに勝った若い王を、詩が歌う
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(西フランク 22 ・ ヴァイキング 18)
- 歴史的概要
- 西フランク王ルイ3世は、ピカルディのソクール=アン=ヴィムーでヴァイキングの大軍を破った。勝利を歌う古高ドイツ語の詩『ルートヴィヒの歌』が残る。
- 主な武将
- 西フランク: ルイ3世/ヴァイキング: ※首領の名は要確認
- 史料
- 『ルートヴィヒの歌』、『サン=ヴァースト年代記』
ブルナンバーの戦い
VK-2 · 937年 · 詩だけが残る大会戦
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(イングランド 26 ・ ダブリン・スコット・ストラスクライド連合 26)
- 歴史的概要
- イングランド統一を賭けて、スコットランド・ダブリンのバイキング・ストラスクライドの三者連合とアゼルスタンが一日戦った。五人の王と七人の伯が死んだと詩は歌うが、戦場の場所さえ今も分かっていない。
- 主な武将
- イングランド軍: アゼルスタン王、エドマンド(弟・のちの王)/連合軍: オラフ・グスフリズソン(ダブリン)、コンスタンティン2世(スコットランド王・子を失う)、オウェン(ストラスクライド)
マルドンの戦い
VK-3 · 991年 · 土手道を明け渡した驕り
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 6ターン / 駒 20(イングランド 10 ・ ヴァイキング 10)
- 歴史的概要
- 潮が引くと現れる細い土手道の手前で、バイキングは「渡らせてくれ」と言った。ビュルフトノースは自分の有利を捨てて渡らせ、そして負けた。詩は彼の「驕り」という言葉を残している。
- 主な武将
- イングランド軍: ビュルフトノース(エセックス太守・討死)、ウルフマール、エルフウィネ、ゴドリック(馬を奪って逃げ、味方が王と誤認して崩れる)/バイキング軍: オラフ・トリュグヴァソン(伝承)
クロンターフの戦い
VK-4 · 1014年 · 勝った王が天幕で殺される
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 46(アイルランド(ブライアン) 24 ・ レンスター・ヴァイキング連合 22)
- 歴史的概要
- 老齢のブライアン・ボルは戦列に立たず天幕で祈っていた。戦いは勝ったが、敗走するバイキングの一団が天幕に行き当たり、王はそこで殺された。
- 主な武将
- アイルランド軍: ブライアン・ボル(上王・天幕で討たれる)、ムルハド(子・討死)、トゥルー(孫・討死)/バイキング・レンスター連合: シトリック(城から動かず)、ブロディル(王を殺す)、マール・モルザ(討死)
アシンドンの戦い
VK-5 · 1016年 · 裏切りが戦を決める
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 25(イングランド 12 ・ デーン 13)
- 歴史的概要
- エドマンド剛勇王がクヌートを押していた最中、エアドリック・ストレオナが自軍を率いて戦場を離れ、開いた穴からイングランド軍は崩れた。王国は分割され、エドマンドはまもなく死ぬ。
- 主な武将
- イングランド軍: エドマンド2世(剛勇王)、エアドリック・ストレオナ(離脱=裏切り)、ウルフキュテル(討死)、エゼルウェアド/デーン軍: クヌート大王、ソルケル
スティクレスタッドの戦い
SP-189 · 1030年 · 王が死んで、死んでから勝つ
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 46(農民軍 26 ・ オーラヴ王 20)
- 歴史的概要
- 亡命から戻ったオーラヴ2世が、自国の豪族と農民の軍に討たれた。しかし一年後に聖人とされ、死んだ王の側が政治的に勝つという逆転が起きる。
- 主な武将
- オーラヴ方: オーラヴ2世(討死・のち聖オーラヴ)、ハラルド・ハルドラーダ(15歳の弟・負傷して逃れる)、ダグ・リングソン/農民軍: カルヴ・アルネソン、トーリル・フンド
- 史料
- スノッリ『ヘイムスクリングラ』、『オーラヴ聖王のサガ』
スタンフォード・ブリッジの戦い
N-1 · 1066年
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 42(イングランド 22 ・ ノルウェー 20)
- 歴史的概要
- ノルウェー王ハーラル3世 vs 英王ハロルド2世。
- 主な武将
- - 英軍: ハロルド2世(英王)、ガース伯(弟)、ライオウルフ伯(副将) - ノルウェー軍: ハーラル3世(峻厳王・討死)、オルクニー伯トストィグ(ハロルドの弟・討死)
ヘイスティングスの戦い 実装済み
E-7 · 1066年
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 39(ノルマン軍 21 ・ イングランド軍 18) ── ※出荷済 Scenarios/lHastings1066.json
- 歴史的概要
- 丘の上のサクソン歩兵陣地(防御2倍)に対し、ノルマン騎兵が「後退(DR)」で誘い出し撃破。
- 主な武将
- - ノルマン軍: ウィリアム征服王(ノルマンディー公)、ロジャー・ド・モンゴメリー、ユー伯オドー(司教でも奮戦) - サクソン軍: ハロルド2世(英王・討死・サドンデス)、ガース伯(弟・討死)、レオフウィン伯(弟・討死)
フルフォードの戦い
SP-190 · 1066年 · 一週間のうちに、三つの軍が戦う年の一枚目
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 46(ノルウェー 24 ・ イングランド北部 22)
- 歴史的概要
- ハラルド・ハルドラーダとトスティが北部の伯兄弟を破った戦い。この五日後にスタンフォード・ブリッジ、三週間後にヘイスティングスという、1066年の三連戦の最初。
- 主な武将
- ノルウェー: ハラルド・ハルドラーダ、トスティ・ゴドウィンソン/イングランド: エドウィン(マーシア伯)、モーカー(ノーサンブリア伯)
- 史料
- 『アングロサクソン年代記』、『ヘイムスクリングラ』
神聖ローマ帝国の戦い 955 〜 1322
レヒフェルトの戦い
HR-1 · 955年 · 輜重を襲われて、振り返る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 35(東フランク 17 ・ マジャル 18)
- 歴史的概要
- マジャル人の軽騎兵は行軍中のドイツ軍の後尾(輜重とボヘミア勢)を先に襲った。オットー1世は前進を止めて後ろへ向き直り、聖槍を掲げて反撃する。逃げるマジャル勢は増水した川で捕らえられ、以後、西への襲来は止む。
- 主な武将
- 東フランク軍: オットー1世(大帝)、コンラート赤公(反撃の先頭・討死)、ブルヒャルト3世(シュヴァーベン)、ボヘミア公ボレスラフ1世(後尾)/マジャル軍: ブルチュ/レヘル(捕らえられ処刑)
エルスターの戦い
SP-569 · 1080年 · 勝った対立王が、右手を失って死ぬ
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(皇帝方 26 ・ ザクセン方 26)
- 歴史的概要
- 叙任権闘争。皇帝ハインリヒ4世の軍と、ザクセン人に担がれた対立王ルドルフ・フォン・ラインフェルデンが白エルスター川で戦った。ザクセン方(オットー・フォン・ノルトハイム)が勝ったが、ルドルフは右手を切り落とされ、翌日死んだ。
- 主な武将
- ザクセン方: ルドルフ・フォン・ラインフェルデン、オットー・フォン・ノルトハイム/皇帝方: ハインリヒ4世
- 史料
- ブルーノ『ザクセン戦争史』、ベルトルト年代記
レニャーノの戦い
HR-2 · 1176年 · 軍旗車を守る「死の中隊」
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 30(ロンバルディア同盟 16 ・ 神聖ローマ皇帝軍 14)
- 歴史的概要
- ロンバルディア都市同盟は、牛に引かせた軍旗車(カロッチョ)の周りに歩兵の輪を作って動かなかった。皇帝の騎兵は何度も突っ込んだが崩せず、やがてミラノの騎兵が戻って横から入る。バルバロッサは落馬して行方不明になり、死んだと思われた。
- 主な武将
- 都市同盟: カロッチョを守る「死の中隊」、ミラノ/ブレシア/ヴェローナの市民軍、アルベルト・ダ・ジュッサーノ(伝承)/帝国軍: フリードリヒ1世バルバロッサ(落馬・生還)、ブレンノ大司教
ブーヴィーヌの戦い
B-11 · 1214年 · 中世ヨーロッパ
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 84(フランス 40 ・ 神聖ローマ・イングランド連合 44)
- 歴史的概要
- フランス王フィリップ2世(尊厳王) vs 神聖ローマ皇帝オットー4世&英・フランドル連合軍。中世ヨーロッパ史上最大のガチンコ野戦。
マルヒフェルト
HR-3 · デュルンクルート)の戦い(1278年 · 隠しておいた予備
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 50(ハプスブルク・ハンガリー連合 26 ・ ボヘミア 24)
- 歴史的概要
- 中世で最大級の騎士戦。ルドルフは丘の陰に予備の騎兵隊をひそかに残しておき、押されて自分が落馬した後、その一隊を出した。ボヘミア王オタカル2世は退却中に討たれる。ハプスブルク家がここから始まる。
- 主な武将
- ドイツ・ハンガリー軍: ルドルフ1世(ハプスブルク・落馬)、ウルリヒ・フォン・カペレン(隠した予備隊)、ラースロー4世(ハンガリー軽騎兵)/ボヘミア軍: オタカル2世(討死)、ミロタ・フォン・ディエディッツ(動かず離脱)
ヴォーリンゲンの戦い
SP-570 · 1288年 · 中世ドイツ最大の野戦、大司教が捕まる
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 84(ブラバント方 42 ・ 大司教方 42)
- 歴史的概要
- リンブルク継承戦争。ケルン大司教ジークフリート・フォン・ヴェスターブルクとゲルデルン伯・ルクセンブルク伯の連合に対し、ブラバント公ジャン1世とベルク伯・ケルン市民の軍がヴォーリンゲンで戦った。ルクセンブルク伯アンリ6世と兄弟が討死し、大司教は捕らえられ、ケルン市は大司教の支配から自立した。
- 主な武将
- ブラバント方: ジャン1世、ベルク伯アドルフ5世、ケルン市民兵/大司教方: ジークフリート・フォン・ヴェスターブルク(捕虜)、ルクセンブルク伯アンリ6世(討死)、ゲルデルン伯ライナルト1世
- 史料
- ヤン・ファン・ヘール『ヴォーリンゲンの戦いの韻文年代記』
ゲルハイムの戦い
SP-571 · 1298年 · 廃位された王が、自分の手で戦って死ぬ
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 50(アルブレヒト方 26 ・ アドルフ方 24)
- 歴史的概要
- 選帝侯に廃されたドイツ王アドルフ・フォン・ナッサウは、新王に選ばれたハプスブルクのアルブレヒト1世とゲルハイム近くで戦い、討死した。
- 主な武将
- アルブレヒト方: アルブレヒト1世/アドルフ方: アドルフ・フォン・ナッサウ
- 史料
- ※コルマール年代記(要確認)
ムールドルフの戦い
HR-4 · 1322年 · 遅れて来た一隊が決める
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 30(ルートヴィヒ方 15 ・ フリードリヒ方 15)
- 歴史的概要
- 二人の王が帝位を争った、騎士だけで決着した最後の大会戦。半日押し合ったところへ、ニュルンベルク城伯の一隊が横から到着し、フリードリヒ美王は捕らえられる。
- 主な武将
- ルートヴィヒ方: ルートヴィヒ4世、フリードリヒ4世・フォン・ニュルンベルク(遅れて到着)、ゼイフリート・シュヴェッペルマン/フリードリヒ方: フリードリヒ美王(捕虜・3年幽閉)、その弟ハインリヒ(捕虜)
ノルマンとアンジューの戦い 1047 〜 1217
ヴァル=エ=デューヌの戦い
SP-572 · 1047年 · 十九歳のギヨームが、フランス王と並んで反乱貴族を破る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 50(公・王方 26 ・ 反乱貴族 24)
- 歴史的概要
- 若いノルマンディー公ギヨーム(後の征服王)に背いた下ノルマンディーの貴族を、ギヨームとフランス王アンリ1世の連合軍がカーン近くのヴァル=エ=デューヌで破った。反乱方のラウル・テッソンは戦場で寝返った。
- 主な武将
- 公・王方: ギヨーム、アンリ1世/反乱方: ギー・ド・ブリオンヌ、ネール・ド・サン=ソヴール、ラウル・テッソン(寝返る)
- 史料
- ギヨーム・ド・ポワティエ、ジュミエージュのギヨーム
ティンシュブレーの戦い
SP-191 · 1106年 · 四十年後に、ヘイスティングスの復讐が起きる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 44(ヘンリー1世 24 ・ ロベール 20)
- 歴史的概要
- 兄弟の争いで、ヘンリー1世は騎士を下馬させて歩兵として戦わせ、予備の騎兵を側面から出した。兄ロベールは捕らえられ、二十八年間幽閉される。
- 主な武将
- ヘンリー方: ヘンリー1世、ラヌルフ・ド・バイユー、下馬騎士/ロベール方: ロベール・カーソーズ(捕虜)、ロベール・ド・ベレーム(逃走)
- 史料
- オルデリクス・ウィタリス、ウィリアム・オヴ・マームズベリ
ブレムーレの戦い
SP-192 · 1119年 · 九百人が戦って、三人しか死なない
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(イングランド 22 ・ フランス 18)
- 歴史的概要
- 騎士同士の戦いで、九百騎のうち死者は三名、捕虜は百四十という記録が残る。鎧が厚く、身代金の方が価値があったため。
- 主な武将
- イングランド: ヘンリー1世(兜に一撃を受ける)、ウィリアム・クリト(敵側)/フランス: ルイ6世(肥満王・落馬)
- 史料
- オルデリクス・ウィタリス
軍旗の戦い
SP-573 · 1138年 · 荷車に立てた聖人の旗の周りで、スコットランドの突撃を受ける
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(スコットランド 30 ・ イングランド北部 24)
- 歴史的概要
- スコットランド王デイヴィッド1世のイングランド北部への侵攻を、ヨーク大司教サーストンが集めた北部の貴族と民兵がノーサラートン近くで迎えた。荷車に聖人の旗を立てて陣の中心とし、下馬した騎士と弓兵でギャロウェイ人の突撃を受け止めて破った。
- 主な武将
- イングランド: ウォルター・エスペック、オマール伯ウィリアム・ル・グロ、ベルナール・ド・バリオル/スコットランド: デイヴィッド1世、ヘンリー王子、ギャロウェイ人の隊
- 史料
- リーヴォーのアエルレッド、ヘクサムのリチャード
リンカーンの戦い
SP-193 · 1141年 · 王が最後まで戦って、捕らえられる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 46(アンジュー派 24 ・ スティーヴン王 22)
- 歴史的概要
- 無政府時代の会戦。スティーヴン王は馬を失っても戦斧で戦い続け、取り囲まれて捕らえられた。王の捕縛で内戦が長引く。
- 主な武将
- アンジュー派: ロバート・オヴ・グロスター、ラヌルフ・オヴ・チェスター、ウェールズ兵/王党: スティーヴン王(捕虜)、ウィリアム・オヴ・イープル(逃走)
- 史料
- 『スティーヴン王の事績』、ヘンリー・オヴ・ハンティンドン
ミュレの戦い
SP-194 · 1213年 · 城から出た少数が、囲む大軍の本陣だけを突く
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 44(十字軍 16 ・ アラゴン連合 28)
- 歴史的概要
- シモン・ド・モンフォールは城に籠らず、千に満たない騎兵で出撃し、まっすぐ敵の本陣を突いた。アラゴン王ペドロ2世が討たれ、南フランスの運命が決まる。
- 主な武将
- 十字軍: シモン・ド・モンフォール、ボードゥアン/連合: ペドロ2世(アラゴン王・討死)、レーモン6世(トゥールーズ伯)
- 史料
- ピエール・デ・ヴォー=ド=セルネー、『アルビジョア十字軍の歌』
リンカーンの市
SP-195 · 1217年 · 市街の路地で、フランス軍が閉じ込められる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 50(イングランド 28 ・ フランス・反乱貴族 22)
- 歴史的概要
- 城に籠る守備隊と、市の北門から入った援軍が挟み撃ちにした。狭い路地で逃げ場を失ったフランス軍は捕らえられ、「リンカーンの市(フェア)」と皮肉に呼ばれた。
- 主な武将
- イングランド: ウィリアム・マーシャル(70歳)、ファルケス・ド・ブレオテ、ニコラ・ド・ラ・エ(城を守る女性城主)/フランス: トマ・デュ・ペルシュ(戦死)、ロベール・フィッツウォルター
- 史料
- ロジャー・オヴ・ウェンドーヴァー、『ギヨーム・ル・マレシャル伝』
シチリアとイタリア都市国家 1053 〜 1467
チヴィターテの戦い
SP-564 · 1053年 · 教皇の連合軍を、ノルマン騎兵が一日で破る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(教皇軍 28 ・ ノルマン 24)
- 歴史的概要
- 南イタリアのノルマン人を追い出そうとした教皇レオ9世の連合軍を、オートヴィル家のアンフロワ、ロベール・ギスカール、アヴェルサのリッカルドのノルマン騎兵がチヴィターテで破った。教皇軍のうちシュヴァーベンの歩兵だけが最後まで戦って全滅し、教皇は捕らえられた。
- 主な武将
- ノルマン: アンフロワ・ド・オートヴィル、ロベール・ギスカール、リッカルド・ダヴェルサ/教皇軍: レオ9世(町に残る)、※シュヴァーベン歩兵の隊長の名は要確認
- 史料
- アプーリアのグリエルモ『ロベール・ギスカールの事績』、マラテッラ
コルテヌオーヴァの戦い
SP-565 · 1237年 · 皇帝が、ミラノの軍旗車を奪う
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(皇帝軍 30 ・ ロンバルディア同盟 24)
- 歴史的概要
- 皇帝フリードリヒ2世は、ロンバルディア同盟のミラノ軍をオーリオ川近くのコルテヌオーヴァで夕方に追いついて攻め、大勝した。ミラノの軍旗車(カロッチョ)が奪われ、ローマへ送られた。
- 主な武将
- 皇帝軍: フリードリヒ2世、エッツェリーノ・ダ・ロマーノ/同盟軍: ピエトロ・ティエポロ(ミラノのポデスタ・捕虜)
- 史料
- ピエール・デッラ・ヴィーニャの書簡、パルマ年代記(※)
モンタペルティの戦い
SP-198 · 1260年 · 旗手の手を切り落とす
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 56(シエナ 26 ・ フィレンツェ 30)
- 歴史的概要
- フィレンツェ軍の中で、内通していたボッカ・デッリ・アバーティが自軍の旗手の手を切り落とした。旗が倒れた瞬間に全軍が崩れる。ダンテが『神曲』地獄篇で彼を裏切り者として描いた。
- 主な武将
- シエナ: プロヴェンツァーノ・サルヴァーニ、ジョルダーノ・ダングラーノ(ドイツ傭兵)/フィレンツェ: ヤコポ・デル・ナッカ(旗手・手を切られる)、ボッカ・デッリ・アバーティ(裏切り)
- 史料
- ジョヴァンニ・ヴィッラーニ『年代記』、ダンテ『神曲』地獄篇32歌
ベネヴェントの戦い
SP-199 · 1266年 · 鎧の隙間を狙えと命じる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(アンジュー 26 ・ シチリア王国 26)
- 歴史的概要
- シャルル・ダンジューは「馬を狙わず、ドイツ騎士の腕を上げた隙間を突け」と命じた。マンフレーディは味方の裏切りを見て単身突入し、討たれる。
- 主な武将
- アンジュー: シャルル・ダンジュー、ギー・ド・モンフォール/シチリア: マンフレーディ(討死・無名の墓)、裏切るアプーリア貴族
- 史料
- サバ・マラスピーナ、ヴィッラーニ、ダンテ『神曲』煉獄篇3歌
タリアコッツォの戦い
SP-200 · 1268年 · 勝ったと思って略奪に散った所へ、予備が出る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(アンジュー 26 ・ コンラディン 26)
- 歴史的概要
- コンラディン側が勝って略奪のために散った所へ、隠していた予備の騎兵が出てきて全部を取り返した。十六歳のコンラディンは捕らえられ、処刑される。
- 主な武将
- アンジュー: シャルル・ダンジュー、エラール・ド・ヴァレリー(予備を伏せる助言)/コンラディン側: コンラディン(16歳・処刑)、フリードリヒ・フォン・バーデン、エンリケ・デ・カスティーリャ
- 史料
- サバ・マラスピーナ、ヴィッラーニ、プリーモ・ダ・リミニ
カンパルディーノの戦い
SP-201 · 1289年 · ダンテが騎兵として参加した日
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(フィレンツェ 28 ・ アレッツォ 26)
- 歴史的概要
- フィレンツェ軍は選抜した騎兵を予備として横に置き、正面が押されたところで側面から出した。24歳のダンテが前列の騎兵として参加している。
- 主な武将
- フィレンツェ: アメリーゴ・ディ・ナルボナ、コルソ・ドナーティ(命令に反して突撃)、ダンテ・アリギエーリ/アレッツォ: グリエルミーノ・ウベルティーニ(司教・討死)、ボンコンテ・ダ・モンテフェルトロ(討死)
- 史料
- ディーノ・コンパーニ『年代記』、ヴィッラーニ、ダンテ自身の書簡(断片)
カスタニャーロの戦い
SP-566 · 1387年 · 傭兵隊長ホークウッドが、溝の後ろから敵の脇へ回る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(ヴェローナ 28 ・ パドヴァ 24)
- 歴史的概要
- パドヴァに雇われたイングランド人傭兵隊長ジョン・ホークウッドは、ヴェローナ軍をアディジェ川近くのカスタニャーロで迎え、溝と運河の後ろに陣した。正面で敵を引きつけ、溝を迂回させた部隊で側面を突いて大勝した。
- 主な武将
- パドヴァ: ジョン・ホークウッド、フランチェスコ・ノヴェッロ・ダ・カッラーラ/ヴェローナ: ジョヴァンニ・オルデラッフィ(※)
- 史料
- ※パドヴァ年代記(要確認)
サン・ロマーノの戦い
SP-202 · 1432年 · 絵で有名だが、実際は小競り合い
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(フィレンツェ 20 ・ シエナ 20)
- 歴史的概要
- ウッチェロの三枚の絵で知られる。実際は傭兵隊同士の小さな遭遇戦で、八時間戦って死者はごくわずかだった。傭兵戦争の実像を示す。
- 主な武将
- フィレンツェ: ニッコロ・ダ・トレンティーノ、ミケレット・アッテンドーロ(増援)/シエナ: ベルナルディーノ・デッラ・カルダ
- 史料
- ヴィッラーニ、マキャヴェッリ『フィレンツェ史』、ウッチェロの絵(ウフィツィ・ルーヴル・ナショナルギャラリー)
アンギアーリの戦い
SP-203 · 1440年 · 橋一本を、四度取り合う
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 50(フィレンツェ 26 ・ ミラノ 24)
- 歴史的概要
- 街道の橋をめぐって、一日のうちに何度も持ち主が変わった。レオナルド・ダ・ヴィンチが壁画に描こうとして失敗した(下絵だけが残る)題材。
- 主な武将
- フィレンツェ・教皇連合: ミケレット・アッテンドーロ、ジャンパオロ・オルシーニ、ルドヴィーコ・スカランピ(枢機卿)/ミラノ: ニッコロ・ピッチニーノ、フランチェスコ・ピッチニーノ
- 史料
- マキャヴェッリ『フィレンツェ史』、ネーリ・ディ・ジーノ・カッポーニの報告
カラヴァッジョの戦い
SP-567 · 1448年 · スフォルツァが、ヴェネツィアの陣を森の背後から突く
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(ミラノ 28 ・ ヴェネツィア 26)
- 歴史的概要
- ミラノのアンブロジアーナ共和国に雇われたフランチェスコ・スフォルツァが、カラヴァッジョ近くでミケーレ・アッテンドーロのヴェネツィア軍を破った。スフォルツァは二年後にミラノ公になる。
- 主な武将
- ミラノ: フランチェスコ・スフォルツァ、バルトロメオ・コッレオーニ(※この時の所属は要確認)/ヴェネツィア: ミケーレ・アッテンドーロ
- 史料
- ※
モリネッラの戦い
SP-568 · 1467年 · 野戦砲がイタリアの戦場に並び、夜まで決着しない
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(ヴェネツィア方 28 ・ フィレンツェ・ミラノ方 26)
- 歴史的概要
- ヴェネツィアの傭兵隊長バルトロメオ・コッレオーニと、フィレンツェ・ミラノ方のフェデリコ・ダ・モンテフェルトロがモリネッラで戦った。野戦砲が使われた初期の例とされ、戦いは夜まで続いて決着しなかった。
- 主な武将
- ヴェネツィア方: バルトロメオ・コッレオーニ、エルコレ・デステ/フィレンツェ・ミラノ方: フェデリコ・ダ・モンテフェルトロ
- 史料
- ※
第二次バロン戦争 1264 〜 1265
ルイスの戦い
SP-196 · 1264年 · 勝った翼が、町まで追って帰ってこない
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(反乱貴族 24 ・ 王党 28)
- 歴史的概要
- シモン・ド・モンフォールの軍が丘の上から降り、エドワード王子は目の前の敵を追って町まで行き、戻ってきた時には父王が捕らえられていた。
- 主な武将
- 反乱貴族: シモン・ド・モンフォール、ギルバート・ド・クレア、ロンドン市民兵/王党: ヘンリー3世(捕虜)、エドワード王子(追撃に出て戻らない)、リチャード・オヴ・コーンウォール(風車に隠れて捕まる)
- 史料
- 『ルイスの歌』、トマス・ウィクス年代記
イーヴシャムの戦い
SP-197 · 1265年 · 川の曲がりに閉じ込められて、逃げ場がない
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(王党 32 ・ 反乱貴族 20)
- 歴史的概要
- エドワード王子は奪った旗を掲げて味方に見せかけて近づき、川の曲がりに閉じ込めたモンフォール軍を殲滅した。「イーヴシャムの殺戮」と呼ばれる。
- 主な武将
- 王党: エドワード王子(のちのエドワード1世)、ギルバート・ド・クレア(寝返った)、ロジャー・モーティマー/反乱貴族: シモン・ド・モンフォール(討死・四肢を切断される)、ヘンリー・ド・モンフォール(子・討死)、ヘンリー3世(味方に間違われて危うく討たれかける)
- 史料
- ロバート・オヴ・グロスター、『メルローズ年代記』
レコンキスタ 722 〜 1483
コバドンガの戦い
RC-1 · 722年 · 谷ひとつの小競り合いが伝説になる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 6ターン / 駒 20(アストゥリアス 8 ・ ウマイヤ朝 12)
- 歴史的概要
- 山の洞窟に籠ったペラーヨの一党が、狭い谷へ入ってきた討伐隊を岩と矢で追い返した。規模は数百人だが、ここからアストゥリアス王国が始まるとされる。
- 主な武将
- アストゥリアス: ペラーヨ、アルフォンソ(娘婿・のちの王)/ウマイヤ側: アルカマ(討死)、司教オッパ(説得に来る)
サグラハス
RC-2 · ザッラーカ)の戦い(1086年 · 太鼓と、出さない本隊
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(カスティーリャ 26 ・ ムラービト・タイファ連合 28)
- 歴史的概要
- 北アフリカから渡ってきたムラービト朝のユースフは、自分の本隊を丘の陰に置いたまま出さなかった。アルフォンソ6世が前衛を破って伸び切ったところへ、太鼓を打ち鳴らして黒衣の親衛隊が出る。
- 主な武将
- ムラービト・タイファ連合: ユースフ・イブン・ターシュフィーン、ムタミド(セビリア王・負傷しても退かず)、ダーウード/カスティーリャ軍: アルフォンソ6世(負傷・脱出)、アルバル・ファニェス
ラス・ナバス・デ・トロサの戦い
RC-3 · 1212年 · 羊飼いが教えた抜け道
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 14ターン / 駒 86(キリスト教連合 44 ・ ムワッヒド朝 42)
- 歴史的概要
- 峠を塞がれて詰んでいた三王の連合軍に、羊飼いが別の山道を教えた。高地に出た連合軍は、カリフの天幕を囲む鎖でつながれた奴隷兵の親衛隊まで一気に押し込み、鎖ごと突き破る。
- 主な武将
- キリスト教三王: アルフォンソ8世(カスティーリャ)、ペドロ2世(アラゴン)、サンチョ7世(ナバラ・鎖を破る)、大司教ロドリゴ/ムワッヒド朝: ムハンマド・アン=ナースィル(逃走)、鎖の親衛隊(全滅)
サラード川の戦い
RC-4 · 1340年 · 半島最後の大侵攻
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(カスティーリャ・ポルトガル連合 28 ・ マリーン朝・グラナダ 26)
- 歴史的概要
- マリーン朝とグラナダの連合軍に対し、カスティーリャとポルトガルが川を挟んで別々に渡り、それぞれの正面を破った。海の向こうからの侵攻はこれが最後になる。
- 主な武将
- キリスト教連合: アルフォンソ11世(カスティーリャ)、アフォンソ4世(ポルトガル)、ヒル・デ・アルボルノス/マリーン・グラナダ連合: アブー・アル=ハサン(マリーン朝)、ユースフ1世(グラナダ)
ラ・イゲルエラの戦い
SP-583 · 1431年 · カスティーリャが、グラナダの目の前で一日だけ大軍を並べる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 56(カスティーリャ 30 ・ グラナダ 26)
- 歴史的概要
- カスティーリャ王フアン2世と寵臣アルバロ・デ・ルナはグラナダの目前まで攻め込み、ラ・イゲルエラでナスル朝の軍を破った。だが城は取らずに引き上げた。
- 主な武将
- カスティーリャ: フアン2世、アルバロ・デ・ルナ/グラナダ: ※
- 史料
- 『フアン2世年代記』
ルセーナの戦い
RC-5 · 1483年 · 王が捕まって、戦争が終わりに向かう
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 6ターン / 駒 20(カスティーリャ 10 ・ グラナダ 10)
- 歴史的概要
- グラナダの若い王ボアブディルが略奪に出たところを待ち伏せされ、捕虜になった。カスティーリャは彼を釈放して内紛の駒に使い、グラナダは内側から割れていく。
- 主な武将
- カスティーリャ側: ディエゴ・フェルナンデス・デ・コルドバ(ルセーナ伯)、アロンソ・デ・アギラール、若き日のゴンサロ・デ・コルドバ(※I-2 の大将軍)/グラナダ: ボアブディル(捕虜)、アリ・アタール(岳父・討死)
イベリアの王位継承戦争 1369 〜 1476
モンティエルの戦い
SP-584 · 1369年 · 負けた王が、交渉の天幕で兄に刺される
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 50(エンリケ方 26 ・ ペドロ方 24)
- 歴史的概要
- カスティーリャ内戦。ペドロ1世(残酷王)は異母兄エンリケ・デ・トラスタマラとベルトラン・デュ・ゲクランのフランス軍にモンティエルで敗れ、城へ逃げた。のち交渉の天幕でエンリケに刺殺された。
- 主な武将
- エンリケ方: エンリケ・デ・トラスタマラ、ベルトラン・デュ・ゲクラン/ペドロ方: ペドロ1世
- 史料
- ロペス・デ・アヤラ『年代記』、フロワサール
アルジュバロータの戦い
SP-222 · 1385年 · 溝と杭で、ポルトガルの独立が決まる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 50(ポルトガル 20 ・ カスティーリャ 30)
- 歴史的概要
- ヌノ・アルヴァレス・ペレイラは丘の上に溝を掘り、杭を並べた「四角の陣」を組んだ。数で勝るカスティーリャ軍は正面から突っ込んで崩れ、ポルトガルの独立が確定する。
- 主な武将
- ポルトガル: ジョアン1世、ヌノ・アルヴァレス・ペレイラ(聖将)、イングランド長弓兵/カスティーリャ: フアン1世(逃走)、フランス騎士団
- 史料
- フェルナン・ロペス年代記、アユラの年代記
オルメドの戦い
SP-585 · 1445年 · 王の寵臣と、アラゴンの王子たちの最後の決戦
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(王方 28 ・ 貴族同盟 26)
- 歴史的概要
- カスティーリャ王フアン2世と寵臣アルバロ・デ・ルナの軍が、アラゴンの王子たち(ナバラ王フアン、エンリケ)を中心とする貴族同盟をオルメドで破った。王子エンリケは傷がもとで死んだ。
- 主な武将
- 王方: フアン2世、アルバロ・デ・ルナ、エンリケ王太子(後の4世)/同盟方: ナバラ王フアン(後のアラゴン王フアン2世)、アラゴンの王子エンリケ
- 史料
- 『フアン2世年代記』
トロの戦い
SP-218 · 1476年 · 引き分けた戦いが、王位を決める
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(カスティーリャ 26 ・ ポルトガル 26)
- 歴史的概要
- 軍事的には決着がつかなかったが、イサベル側が「勝った」と広く宣伝したことで諸都市の支持が固まり、カスティーリャの王位が定まった。
- 主な武将
- カスティーリャ: フェルナンド2世、アルバ公、枢機卿メンドーサ/ポルトガル: アフォンソ5世、ジョアン王子(勝った翼)
- 史料
- パラフェルナンド・デル・プルガル、ポルトガル側の年代記
スコットランド独立戦争と英蘇国境の争い 1297 〜 1513
スターリング橋の戦い
SC-1 · 1297年 · 二人ずつしか渡れない橋
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 25(スコットランド 12 ・ イングランド 13)
- 歴史的概要
- 幅の狭い木橋をイングランド軍が半分だけ渡ったところで、ウォレスとマレーが丘を駆け下りて橋の袂を押さえた。渡り切った側は退路を失い、渡っていない側は何もできない。
- 主な武将
- スコットランド軍: ウィリアム・ウォレス、アンドリュー・マレー(重傷・数か月後に死去)/イングランド軍: ジョン・ド・ワーレン(サリー伯)、ヒュー・ド・クレッシンガム(討死)、マーマデューク・トゥエング(唯一橋を戻る)
フォルカークの戦い
SC-2 · 1298年 · 長弓が円陣に穴を開ける
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 48(イングランド 26 ・ スコットランド 22)
- 歴史的概要
- ウォレスは4つの円陣を組んで動かず、騎兵の突撃を跳ね返した。しかしエドワード1世は突撃をやめ、長弓で円陣の一点を撃ち続けて穴を開け、そこへ騎兵を入れた。
- 主な武将
- スコットランド軍: ウィリアム・ウォレス(以後、指導者の座を失う)、ジョン・ステュワート(討死)、マクダフ(討死)/イングランド軍: エドワード1世(長脛王)、ビーク司教、長弓隊
バノックバーンの戦い
SC-3 · 1314年 · 沼と落とし穴と二日間
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 14ターン / 駒 80(スコットランド 36 ・ イングランド 44)
- 歴史的概要
- ブルースは道の両側に穴を掘り、狭い所へ敵を誘い込んだ。初日に自ら一騎討ちで敵騎士を斧で割り、二日目、沼地に押し込められたイングランドの大軍は自分の重さで身動きが取れなくなる。
- 主な武将
- スコットランド軍: ロバート・ブルース(一騎討ち)、エドワード・ブルース(弟)、ジェームズ・ダグラス(黒のダグラス)、トマス・ランドルフ/イングランド軍: エドワード2世(逃走)、グロスター伯(討死)、ヘレフォード伯、ロバート・クリフォード(討死)
ダップリン・ムーアの戦い
SP-574 · 1332年 · 少数の亡命貴族が、谷の両脇から長弓で撃つ
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(スコットランド 24 ・ 廃嫡者 16)
- 歴史的概要
- エドワード・ベイリャルと「廃嫡者」と呼ばれたイングランドの亡命貴族は小軍でスコットランドに上陸し、ダップリン・ムーアで摂政マー伯の大軍を迎えた。下馬した兵が狭い谷の正面を受け、両脇の長弓兵が撃ち込み、スコットランド軍は自分たちの密集で押し潰された。
- 主な武将
- 廃嫡者方: エドワード・ベイリャル、ヘンリー・ボーモント/スコットランド: マー伯ドナルド(討死)、ロバート・ブルース(庶子・討死)
- 史料
- 『ラナーコスト年代記』、ウィントン年代記
ハリドン・ヒルの戦い
SP-575 · 1333年 · 丘の下の沼を渡ってくる敵を、斜面の上から矢で迎える
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 50(スコットランド 28 ・ イングランド 22)
- 歴史的概要
- ベリックを囲むエドワード3世を、スコットランド摂政アーチボルド・ダグラスが救援に来た。スコットランド軍は丘の下の湿地を渡って斜面を登らねばならず、イングランドの長弓に撃たれて大敗した。
- 主な武将
- イングランド: エドワード3世、エドワード・ベイリャル、ヘンリー・ボーモント/スコットランド: アーチボルド・ダグラス(討死)
- 史料
- 『ラナーコスト年代記』、『ブリュ年代記』
ネヴィルズ・クロスの戦い
SC-4 · 1346年 · 留守を突いたつもりが
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 48(イングランド 24 ・ スコットランド 24)
- 歴史的概要
- 英王がフランスにいる隙にスコットランド王ダヴィド2世が南下したが、残っていた北部の諸侯と大司教が集まって迎え撃ち、長弓の前で王は顔に矢を受けて捕らえられた。クレシーの3か月後のことである。
- 主な武将
- スコットランド軍: ダヴィド2世(捕虜・11年抑留)、ジョン・ランドルフ(討死)、ロバート・ステュワート(離脱・のちの王)/イングランド軍: ラルフ・ネヴィル、ヘンリー・パーシー、ヨーク大司教ウィリアム・ジ・ズーシュ
オッタービュルンの戦い
SP-211 · 1388年 · 死んだ将の名で、勝つ
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 44(スコットランド 20 ・ イングランド 24)
- 歴史的概要
- 月明かりの夜戦。ダグラス伯は戦いの最中に討たれたが、味方はそれを隠して彼の旗を進め続け、ホットスパーを捕らえて勝った。バラッドで名高い戦い。
- 主な武将
- スコットランド: ジェイムズ・ダグラス(戦死・伏せられる)、ジョン・ダンバー/イングランド: ヘンリー・パーシー(ホットスパー・捕虜)、ラルフ・パーシー(捕虜)
- 史料
- フロワサール、ウィントゥンの年代記、バラッド『チェヴィー・チェイス』
ホミルドン・ヒルの戦い
SP-212 · 1402年 · 丘の上に固まって、一本も矢を返せない
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 44(イングランド 24 ・ スコットランド 20)
- 歴史的概要
- スコットランド軍は丘に密集して立ったまま、イングランドの長弓に一方的に射すくめられた。降りて突っ込んだ隊も届かず、捕虜が大量に出る。
- 主な武将
- イングランド: ヘンリー・パーシー(ホットスパー)、ジョージ・ダンバー/スコットランド: アーチボルド・ダグラス(捕虜・片目を失う)、マードック・ステュアート(捕虜)
- 史料
- ウォルシンガム、ボウアーの『スコティクロニコン』
シュルーズベリーの戦い
SP-213 · 1403年 · 昨日の味方同士が、同じ弓で撃ち合う
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(王軍 28 ・ パーシー 26)
- 歴史的概要
- イングランドの長弓兵同士が初めて撃ち合った会戦。王太子(のちのヘンリー5世)は顔に矢を受けながら踏みとどまり、ホットスパーは兜の面頬を上げた瞬間に射られて死ぬ。
- 主な武将
- 王軍: ヘンリー4世、ヘンリー王太子(顔に矢傷)、スタッフォード伯(討死)/反乱側: ヘンリー・パーシー(ホットスパー・戦死)、ウスター伯(処刑)、ダグラス伯(捕虜)
- 史料
- ウォルシンガム、『ダイユール年代記』、シェイクスピア『ヘンリー四世』第一部
フロドゥンの戦い
E-22 · 1513年 · イングランド対スコットランド
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(イングランド 26 ・ スコットランド 26)
- 歴史的概要
- スコットランド王ジェームズ4世が大陸式の長槍隊を丘(ブランクストン・ヒル)に並べたが、坂を降りた先が泥沼で、穂先が下がったところをイングランドのビル(鉤槍)兵に刈られた。王自身がサリー伯の本陣めがけて突っ込み、そこで討たれる。スコットランドの貴族層が一日で消えた戦い。
- 主な武将
- - スコットランド軍: ジェームズ4世(討死・サドンデス)、アーガイル伯、クロフォード伯、モントローズ伯、アレクサンダー・ステュアート(大司教・王の子・討死)、ホーム卿(左翼・唯一勝った翼/勝った後は動かない) - イングランド軍: サリー伯トマス・ハワード(総指揮・70歳)、トマス・ハワード(提督・長子)、エドマンド・ハワード(右翼・崩される)、ダーカー卿(騎兵・穴を塞ぐ)
フランドルの反乱 1302 〜 1467
コルトレイクの戦い
SP-204 · 金拍車の戦い・1302年 · 織工と肉屋が、騎士を沈める
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(フランドル 26 ・ フランス 26)
- 歴史的概要
- 都市の職人からなる歩兵が、小川と溝の向こうに槍衾を組み、渡ってきたフランス騎士を叩き落とした。拾われた金の拍車五百組が教会に掛けられる。
- 主な武将
- フランドル: ギー・ド・ナミュール、ヤン・ブレイデル(肉屋)、ピーテル・デ・コーニンク(織工)、ウィレム・ファン・ユーリク/フランス: ロベール2世ダルトワ(討死)、ラウル・ド・ネール(討死)
- 史料
- 『フランドル年代記』、ヴィッラーニ、ギヨーム・ギアール
モンス・アン・ペヴェルの戦い
SP-205 · 1304年 · 二年後の仕返しが、引き分けになる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 54(フランス 28 ・ フランドル 26)
- 歴史的概要
- フィリップ4世自らが出た会戦。フランス軍の荷駄が襲われて一度は崩れかけたが、押し返して引き分けに近い形で終わった。フランドルは名目上の服従に戻る。
- 主な武将
- フランス: フィリップ4世(端麗王)、ゴーシェ・ド・シャティヨン/フランドル: ギヨーム・ド・ジュリエ(討死)、ジャン・ド・ナミュール
- 史料
- ギヨーム・ギアール、『フランドル年代記』
カッセルの戦い
SP-223 · 1328年 · 夕食時の陣を襲って、逆に囲まれる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 44(フランス 26 ・ フランドル農民 18)
- 歴史的概要
- フランドルの農民軍はフランス軍の夕食時を狙って丘から降り、王の天幕まで迫ったが、散っていた騎士が集まって逆に囲み、ほぼ全員が討たれた。
- 主な武将
- フランス: フィリップ6世(戴冠の直後)、ボーモン伯/フランドル: ニコラース・ザンネキン(戦死)、農民軍
- 史料
- フロワサール、『サン=ドニ年代記』
ローズベーケの戦い
SP-206 · 1382年 · 密集しすぎて、自分の重さで潰れる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(フランス 30 ・ ヘント 24)
- 歴史的概要
- ヘントの民兵はあまりに密に固まって前進したため、両側から押されると腕も上げられなくなり、窒息するようにして倒れた。フィリップ・ファン・アルテフェルデが戦死する。
- 主な武将
- フランス: シャルル6世(14歳)、オリヴィエ・ド・クリソン、ブルゴーニュ公フィリップ/ヘント: フィリップ・ファン・アルテフェルデ(戦死)、都市民兵
- 史料
- フロワサール『年代記』、『サン=ドニ年代記』
オテの戦い
SP-576 · 1408年 · 司教領の反乱を、ブルゴーニュ公が挟んで潰す
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 56(ブルゴーニュ 28 ・ リエージュ 28)
- 歴史的概要
- リエージュ司教ジャン・ド・バヴィエールに背いたリエージュ市民の軍を、ブルゴーニュ公ジャン無畏公とエノー伯ギヨーム4世がオテで破った。
- 主な武将
- ブルゴーニュ: ジャン無畏公、エノー伯ギヨーム4世/リエージュ: アンリ・ド・ペルヴェ(※)
- 史料
- モンストルレ『年代記』
ガーヴェレの戦い
SP-577 · 1453年 · 民兵の火薬が爆発して、陣が崩れる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(ブルゴーニュ 28 ・ ヘント 26)
- 歴史的概要
- ブルゴーニュ公フィリップ善良公に背いたヘント市は、ガーヴェレでブルゴーニュ軍と戦った。ヘント方の火薬が爆発して混乱し、民兵はスヘルデ川へ追い落とされた。
- 主な武将
- ブルゴーニュ: フィリップ善良公、シャルル(後の突進公)/ヘント: ※
- 史料
- シャストラン『年代記』
ブルステムの戦い
SP-578 · 1467年 · 突進公の、公になって最初の勝利
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(ブルゴーニュ 28 ・ リエージュ 24)
- 歴史的概要
- ブルゴーニュ公になったばかりのシャルル突進公が、反乱したリエージュの軍をブルステムで破った。
- 主な武将
- ブルゴーニュ: シャルル突進公/リエージュ: ※
- 史料
- コミーヌ『回想録』(※)
百年戦争 1340 〜 1453
スロイスの海戦
SP-221 · 1340年 · 船を鎖で繋いで、陸のように戦う
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(イングランド 26 ・ フランス 26)
- 歴史的概要
- フランス艦隊は港の入口で船を鎖で繋いで壁のように並べたが、動けないためイングランドの長弓に一方的に射られた。百年戦争の制海権が決まる。
- 主な武将
- イングランド: エドワード3世(負傷)、モーリー卿、長弓兵/フランス: ユーグ・キエレ(戦死)、ニコラ・ベユシェ(絞首)、バルバヴェラ(ジェノヴァ傭兵・離脱)
- 史料
- フロワサール、『ブリュット年代記』
クレシーの戦い 実装済み
E-9 · 1346年
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(イングランド 24 ・ フランス 30)
- 歴史的概要
- 英長弓兵の遠距離火線。フランス騎士団は泥と杭で移動力を削られながらMUST ATTACK突撃。
- 主な武将
- - 英軍: エドワード3世(英王)、エドワード黒太子(17歳・右翼指揮)、ジョン・チャンドス(副将) - 仏軍: フィリップ6世(仏王・逃亡)、ジャン・ド・ラ・モード(騎士団長・討死)、ジャノワ石弓弩兵隊(傭兵)
モーロンの戦い
SP-579 · 1352年 · 新しい騎士団が、一日で八十人を失う
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 50(フランス 28 ・ イングランド・ブルターニュ 22)
- 歴史的概要
- ブルターニュ継承戦争。フランス王ジャン2世が作った星章騎士団を含むフランス軍が、モーロンでイングランド・ブルターニュ軍の陣に攻めかかり、長弓と下馬した兵に大敗した。星章騎士団の騎士が多く死んだ。
- 主な武将
- イングランド: ウォルター・ベントリー/フランス: ギー・ド・ネル(討死)
- 史料
- ジャン・ル・ベル、フロワサール
ポワティエの戦い
H-1 · 1356年
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 82(イングランド 36 ・ フランス 46)
- 歴史的概要
- 黒太子の小軍が生垣と葡萄畑に籠り、下馬して攻めてきた仏軍を長弓で削り切った。フランス王ジャン2世が捕虜になり、以後フランスは王のいない国になる。
- 主な武将
- - イングランド軍: エドワード黒太子、ウォリック伯、ソールズベリ伯、カプタル・ド・ビュシュ(背面への迂回隊) - フランス軍: ジャン2世(捕虜=サドンデス)、王子フィリップ(父の傍らで戦う)、オルレアン公(戦わずに離脱)、クレルモン元帥、オーデナム元帥
オーレーの戦い
H-2 · 1364年 · ブルターニュ継承戦争
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 48(モンフォール派 24 ・ ブロワ派 24)
- 歴史的概要
- ブルターニュ公位を巡る20年余の内戦の決着。デュ・ゲクランが捕虜になり、シャルル・ド・ブロワが戦死した。
- 主な武将
- - モンフォール派(英支援): ジャン・ド・モンフォール、ジョン・チャンドス卿(実質の総指揮)、ヒュー・カルヴァリー(予備隊) - ブロワ派(仏支援): シャルル・ド・ブロワ(戦死)、ベルトラン・デュ・ゲクラン(捕虜)、オーセール伯(捕虜)
コシュレルの戦い
SP-207 · 1364年 · 小さな予備隊を、最後まで隠しておく
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 46(フランス 24 ・ ナヴァール 22)
- 歴史的概要
- デュ・ゲクランは三十騎の予備を丘の陰に隠し、正面が膠着した所で出して敵の指揮官を捕らえた。デュ・ゲクランが名を上げる最初の会戦。
- 主な武将
- フランス: ベルトラン・デュ・ゲクラン、ボーマノワール/ナヴァール: ジャン・ド・グライー(カプタル・ド・ビュシュ・捕虜)、英仏の傭兵
- 史料
- フロワサール、キュヴリエ『デュ・ゲクラン伝』
ナヘラの戦い
H-3 · 1367年 · カスティーリャ内戦
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(黒太子・ペドロ連合 26 ・ エンリケ・仏連合 26)
- 歴史的概要
- 黒太子がピレネーを越えてスペインへ渡り、デュ・ゲクランを再び捕虜にした。勝ったが金は払われず、黒太子はここで健康を失う。
- 主な武将
- - 英・ペドロ軍: エドワード黒太子、ランカスター公ジョン・オブ・ゴーント、ジョン・チャンドス卿、ペドロ1世 - 仏・エンリケ軍: エンリケ2世(トラスタマラ伯)、デュ・ゲクラン(捕虜・2度目)、ドン・テリョ(戦わずに離脱)
ポンヴァランの戦い
SP-580 · 1370年 · ゲクランが夜通し歩いて、散らばった英軍を朝に襲う
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(フランス 28 ・ イングランド 24)
- 歴史的概要
- イングランドのロバート・ノールズの騎行軍が分散したところを、フランス王軍司令官ベルトラン・デュ・ゲクランが夜行軍で追いつき、ポンヴァランでトマス・グランソンの部隊を急襲して全滅させた。
- 主な武将
- フランス: ベルトラン・デュ・ゲクラン、オリヴィエ・ド・クリッソン(※)/イングランド: トマス・グランソン(捕虜)
- 史料
- フロワサール、キュヴリエ『ゲクラン伝』
アザンクールの戦い
E-10 · 1415年
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 52(イングランド 22 ・ フランス 30)
- 歴史的概要
- 森林に挟まれた2〜3ヘクスの隘路。過密状態のフランス騎士が移動できず自滅。
- 主な武将
- - 英軍: ヘンリー5世(英王・陣頭指揮)、エドワード・ヨーク公(討死)、トマス・アーペデール(長弓隊長) - 仏軍: シャルル・ダルブレ(フランス元帥・討死)、ブラバント公(討死)、オルレアン公(捕虜)
ヴァルモンの戦い
SP-581 · 1416年 · 一度負けた英軍が、夜の間に集まり直して勝つ
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 50(フランス 28 ・ イングランド 22)
- 歴史的概要
- アザンクールの翌年、ドーセット伯トマス・ボーフォートのイングランド騎行軍がヴァルモンでアルマニャック伯の軍に一度敗れたが、夜の間に集まり直し、翌日略奪に散ったフランス軍を破った。
- 主な武将
- イングランド: トマス・ボーフォート(ドーセット伯)/フランス: ベルナール7世(アルマニャック伯)
- 史料
- ※イングランド側の年代記(要確認)
ボージェの戦い
SP-208 · 1421年 · 復活祭の日曜に、油断した本隊が消える
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 46(仏・スコット連合 26 ・ イングランド 20)
- 歴史的概要
- クラレンス公は弓兵を待たずに騎兵だけで突っ込み、スコットランド兵に討たれた。アザンクール以来のイングランドの連勝が止まる。
- 主な武将
- 連合: ジョン・ステュアート(バカン伯)、アーチボルド・ダグラス、ラ・ファイエット/イングランド: クラレンス公トマス(ヘンリー5世の弟・討死)、間に合わない弓兵
- 史料
- 『サン=ドニ年代記』、ウォルシンガム、スコットランド年代記
クラヴァンの戦い
SP-209 · 1423年 · 川を挟んで撃ち合ってから、両軍同時に渡る
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(英・ブルゴーニュ 28 ・ 仏・スコット 24)
- 歴史的概要
- 三時間、川越しに矢を射合ったあと、両軍が同時に浅瀬へ踏み込んだ。イングランド側が押し切り、スコットランド軍はほぼ全滅する。
- 主な武将
- 英・ブルゴーニュ: ソールズベリー伯、ウィロビー卿/仏・スコット: ジョン・ステュアート(捕虜・片目を失う)、ヴァントドゥール伯
- 史料
- モンストルレ、ウォルシンガム
ヴェルヌイユの戦い
H-4 · 1424年
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(イングランド 26 ・ 仏・スコットランド連合 28)
- 歴史的概要
- 「第二のアザンクール」。スコットランド軍が助命なしの取り決めで戦い、ほぼ全滅した。ベッドフォード公の勝利がフランス北部の英支配を10年延ばす。
- 主な武将
- - イングランド軍: ベッドフォード公ジョン、ソールズベリ伯、サフォーク伯(輜重の守り) - 仏・スコットランド軍: ダグラス伯アーチボルド(戦死)、ビュカン伯(戦死)、オマール伯、ナルボンヌ子爵(戦死)、ロンバルディア重騎兵(英軍の輜重を襲って戦場を離れる)
ニシンの戦い
H-5 · ルーヴレー、1429年
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 34(イングランド(輜重隊) 14 ・ 仏・スコットランド連合 20)
- 歴史的概要
- オルレアン包囲軍への塩漬けニシンの補給隊を、仏・スコットランド軍が襲った。ファストルフは荷車を輪にして囲み、少数の護衛で数千を退けた。
- 主な武将
- - イングランド軍: ジョン・ファストルフ卿(荷車陣)、シモン・モリエ(パリ奉行) - 仏・スコットランド軍: クレルモン伯シャルル、ジョン・スチュアート・オブ・ダーンリー(戦死)、ラ・イル、ジャン・ド・デュノワ(負傷)
パテーの戦い
H-6 · 1429年
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 38(フランス 20 ・ イングランド 18)
- 歴史的概要
- ジャンヌ・ダルクのロワール戦役の決着。英軍が杭を打ち終える前に位置がばれ、仏騎兵が長弓隊を直撃した。英軍の長弓が初めて役に立たなかった戦い。
- 主な武将
- - フランス軍: ラ・イル、ポトン・ド・ザントライユ、アランソン公、ジル・ド・レ、ジャンヌ・ダルク(着いたときには終わっていた) - イングランド軍: ジョン・タルボット(捕虜)、ファストルフ卿(逃走)、トマス・スケールズ卿
ジェルブロワの戦い
SP-582 · 1435年 · 砦を作っている最中に、ラ・イルが来る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 38(イングランド 20 ・ フランス 18)
- 歴史的概要
- ジェルブロワに砦を築いていたフランス軍(ラ・イル、ザントライユ)を、アランデル伯のイングランド軍が襲ったが、ラ・イルの騎兵が英軍の先鋒を打ち、アランデル伯は負傷して捕らえられた。
- 主な武将
- フランス: ラ・イル、ポトン・ド・ザントライユ/イングランド: アランデル伯ジョン・フィッツアラン
- 史料
- ※
サン・ジャコブ・アン・ビルスの戦い
SP-210 · 1444年 · 千六百人が、二万に自分から突っ込んで全滅する
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 44(アルマニャック 30 ・ スイス 14)
- 歴史的概要
- スイス盟約者団の千六百が、命令に反して川を渡り、二万のフランス傭兵へ突っ込んだ。十時間戦って全員が死に、その戦いぶりがフランス側を撤退させた。
- 主な武将
- アルマニャック(フランス傭兵): ルイ王太子(のちルイ11世)、傭兵隊/スイス: 盟約者団の1600(全員戦死)
- 史料
- バーゼル年代記、シリング年代記
フォルミニーの戦い
H-7 · 1450年
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 46(フランス 24 ・ イングランド 22)
- 歴史的概要
- 英軍がいつもの通り陣を敷いたところへ、フランス軍が2門の軽砲を側面へ回して撃ち続けた。耐えかねて英軍が砲を奪いに出た瞬間、隊形が壊れた。
- 主な武将
- - フランス軍: クレルモン伯、リッシュモン元帥(横合いからの到着)、ジロー(砲兵・2門) - イングランド軍: トマス・キリエル卿(捕虜)、マシュー・ゴフ卿、ロバート・ヴェア
カスティヨンの戦い
H-8 · 1453年 · 百年戦争の最終戦
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 50(フランス 26 ・ イングランド 24)
- 歴史的概要
- ビュロー兄弟が300門の砲を並べた野戦築城を築き、突っ込んできたタルボットを砲撃で粉砕した。この日で百年戦争は終わる。
- 主な武将
- - フランス軍: ジャン・ビュロー/ガスパール・ビュロー(砲兵総監・陣地の設計者)、ペリゴール伯、ブルターニュ公ピエール2世(側面到着) - イングランド軍: ジョン・タルボット(シュルーズベリ伯・戦死)、その子ジョン(戦死)、トマス・エヴァリンガム
北欧の戦い ゴットランド・カルマル同盟)(1361 〜 1471
ヴィスビューの戦い
SP-219 · 1361年 · 城壁の外で、農民が見捨てられる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 42(デンマーク 24 ・ ゴトランド農民 18)
- 歴史的概要
- ゴトランドの農民軍が城壁の外で戦い、市民は門を閉じて中から見ていた。老人と少年を含む戦死者の墓が発掘され、当時の鎧と傷が今も残る。
- 主な武将
- デンマーク: ヴァルデマー4世、デンマーク・ドイツの兵/ゴトランド: 農民軍(老人と少年を含む)、門を閉じたヴィスビュー市民
- 史料
- 発掘された集団墓(ヴィスビューの戦士たち)、デンマーク年代記
ブルンケベルクの戦い
N-2 · 1471年
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 44(スウェーデン 22 ・ デンマーク 22)
- 歴史的概要
- スウェーデン摂政ステン・ストゥーレ vs デンマーク王クリスチャン1世。
- 主な武将
- - スウェーデン軍: ステン・ストゥーレ長老(摂政・指揮)、エリク・カールソン(スウェーデン騎士) - デンマーク軍: クリスチャン1世(デンマーク王)、オテ・ニールセン(副将)
スイス独立とブルゴーニュ戦争 1315 〜 1499
モルガルテンの戦い
SW-1 · 1315年 · 湖と山の間の細い道
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 6ターン / 駒 20(スイス盟約者団 8 ・ ハプスブルク 12)
- 歴史的概要
- 湖と急斜面に挟まれた道へオーストリア軍が入ったところで、上から丸太と岩が落とされた。隊列を組み直せない騎士たちは、ハルバードを持った山の民に上から叩かれる。スイス連邦が「勝てる」ことを知った最初の日。
- 主な武将
- スイス側: シュヴィーツ・ウーリ・ウンターヴァルデンの旗、ヴェルナー・シュタウファハー(伝承)/オーストリア軍: レオポルト1世(辛くも脱出)、ハインリヒ・フォン・ヒュナベルク
ゼンパッハの戦い
SW-2 · 1386年 · 槍衾に穴を開ける
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 30(スイス 14 ・ ハプスブルク 16)
- 歴史的概要
- オーストリアの騎士たちは下馬して槍を並べ、ハリネズミのように固まった。突けば刺さり、退けば追われる。伝承ではアルノルト・フォン・ヴィンケルリートが数本の槍を自分の体で抱え込み、そこに穴を開けた。レオポルト3世は討死する。
- 主な武将
- スイス側: ルツェルン・ウーリ・シュヴィーツ・ウンターヴァルデンの旗、アルノルト・フォン・ヴィンケルリート(伝承・自ら穴を開ける)/オーストリア軍: レオポルト3世(討死)、多数の貴族(676人が討たれたと伝わる)
ネフェルスの戦い
SP-220 · 1388年 · 岩を落としてから、駆け下りる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 42(グラールス 16 ・ ハプスブルク 26)
- 歴史的概要
- 四百のグラールス兵が石壁の後ろに隠れ、岩を落としてから斜面を駆け下りた。霧の中で崩れたハプスブルク軍は橋で詰まり、多くが川へ落ちる。
- 主な武将
- グラールス: 盟約者団の四百、ウリ・シュヴィーツの援兵/ハプスブルク: ドナート・フォン・トックブルク(戦死)、騎士と歩兵
- 史料
- シリング年代記、スイス年代記
アルベドの戦い
SW-3 · 1422年 · 勝てなかった日
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 30(スイス 14 ・ ミラノ 16)
- 歴史的概要
- ミラノ軍の下馬した槍兵と弩に囲まれ、スイスの方陣は押されて谷を退がった。ようやく増援が現れてミラノ側が追撃をやめ、辛うじて全滅を免れる。「スイスは負けない」が嘘だと分かる盤。
- 主な武将
- スイス側: ウーリ・オプヴァルデンの旗、ペーター・フォン・グンドルディンゲン(伝承)/ミラノ軍: フランチェスコ・ブッソーネ(カルマニョーラ)、下馬騎兵と弩兵
モンレリの戦い
SP-217 · 1465年 · 両軍とも、自分が負けたと思って退く
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(フランス王軍 28 ・ 公益同盟 26)
- 歴史的概要
- ルイ11世とブルゴーニュのシャルル(のち突進公)が戦い、双方の一部が勝ち、双方の一部が敗走し、夜になって両軍とも自分が負けたと思って退いた。
- 主な武将
- 王軍: ルイ11世、ブルボン公/公益同盟: シャルル・ド・シャロレー(のち突進公)、サン=ポル伯、フィリップ・ド・コミーヌ(記録者)
- 史料
- フィリップ・ド・コミーヌ『回想録』(現場にいた)
グランソンの戦い
SW-4 · 1476年 · 陣を丸ごと置いていく
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 44(スイス 22 ・ ブルゴーニュ 22)
- 歴史的概要
- シャルル勇胆公は、前進する部隊を一度下げて陣形を整えようとした。その動きを全軍が退却と受け取り、軍は宝物も天幕も大砲も置いたまま散った。スイスは戦わずに、大公の財宝を手に入れる。
- 主な武将
- ブルゴーニュ軍: シャルル勇胆公(※B-12 ナンシーで討死する男)、ルイ・ド・シャロン/スイス連合: ベルン・シュヴィーツ・フリブールの旗、ハンス・フォン・ハルヴィル(※ナンシーにも出る)
ムルテンの戦い
SW-5 · 1476年 · 雨の中で待って、垣根を抜く
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(スイス連合 28 ・ ブルゴーニュ 26)
- 歴史的概要
- 雨の中、スイス軍は森の中で数時間じっと待ち、大公軍が待ちくたびれて持ち場を離れた瞬間に、緑の生垣(グリューンハーク)の防柵へ突っ込んだ。ブルゴーニュ軍は湖に押し込まれ、大公は三度目の軍を失う。
- 主な武将
- スイス・ロレーヌ連合: ハンス・ヴァルトマン(チューリヒ)、ヴィルヘルム・ヘルター、ルネ2世(ロレーヌ公・※ナンシーの勝者)/ブルゴーニュ軍: シャルル勇胆公、ジャコモ・ガレオット、ロマン(防柵の守将・討死)
ナンシーの戦い 実装済み
B-12 · 1477年 · 中世ヨーロッパ
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 5ターン / 駒 43(スイス・ロレーヌ連合 29 ・ ブルゴーニュ 14) ── ※出荷済 Scenarios/lNancy1477.json
- 歴史的概要
- ブルゴーニュ公国滅亡の決戦。「勇胆公」シャルル率いるブルゴーニュ重装騎兵・砲兵 vs スイス長槍歩兵・ロレーヌ連合軍。
ギネガットの戦い
SP-588 · 1479年 · 突進公の娘の夫が、フランスの騎兵を槍で受ける
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 56(フランス 30 ・ ブルゴーニュ・フランドル 26)
- 歴史的概要
- ブルゴーニュの継承をめぐり、マクシミリアン(マリー・ド・ブルゴーニュの夫)のフランドル槍兵がギネガットでフランス軍を迎えた。フランス騎兵は追撃に散り、残った槍兵が持ちこたえてマクシミリアンが勝った。
- 主な武将
- ブルゴーニュ方: マクシミリアン(後の皇帝)、エンゲルベルト・フォン・ナッサウ(※)/フランス: フィリップ・ド・クレヴクール(デスケルド)
- 史料
- モリネ『年代記』(※)
ドルナッハの戦い
SW-6 · 1499年 · 命令を待たずに突っ込む
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 46(スイス 22 ・ 帝国軍 24)
- 歴史的概要
- 集結を待たずに先着した部隊がそのまま帝国軍の陣へ突入し、スイス側の総指揮官は早々に討たれた。指揮官不在のまま押し合いが続き、遅れて着いた部隊が横から入って決着する。この戦いでスイスは事実上、帝国から独立する。
- 主な武将
- スイス連合: ハインリヒ・ヴォルレーベン(総指揮・早々に討死)、ゾロトゥルン・ルツェルン・ベルンの旗(時間差で到着)/帝国軍: ハインリヒ・フォン・フュルステンベルク(討死)、ジークムント・フォン・ブランデンブルク
フス戦争 1420 〜 1434
ヴィトコフの丘の戦い
HS-1 · 1420年 · 二つの小屋を守り切る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 30(フス派 10 ・ 十字軍 20)
- 歴史的概要
- プラハを見下ろす丘の上に、ジシュカは土塁と二つの小屋しか持っていなかった。数十人でジギスムントの十字軍を受け止め、市民が横から加わって押し返す。片目の隊長が、以後この丘の名で呼ばれる。
- 主な武将
- フス派: ヤン・ジシュカ(片目・のち両目を失う)、プラハ市民兵、司祭の一隊/十字軍: ジギスムント(皇帝・ハンガリー王)、マイセン辺境伯の騎兵
ネメツキー・ブロトの戦い
HS-2 · 1422年 · 陣地が追いかけてくる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 48(フス派 24 ・ ジギスムント軍 24)
- 歴史的概要
- 包囲を受けたジシュカは夜のうちに車陣ごと抜け出し、逆に退却する十字軍を追った。凍った川に逃げ込んだ騎兵は氷が割れて沈み、町は焼かれる。守るための車陣が、追撃の道具になった日。
- 主な武将
- フス派: ヤン・ジシュカ、ヤン・ロハーチ、ミクラーシュ・ソコル/十字軍: ジギスムント(撤退)、ピッポ・スパーノ(イタリア人傭兵隊長)
ドマジュリツェの戦い
HS-3 · 1431年 · 歌が聞こえて逃げる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 46(フス派 22 ・ 十字軍 24)
- 歴史的概要
- 第5次十字軍は、丘の向こうからフス派の讃美歌と荷車の軋みが聞こえた時点で退却を始めた。追撃で軍は崩れ、枢機卿の旗と教皇の勅書まで捨てられた。戦闘らしい戦闘はほとんど無い。
- 主な武将
- フス派: プロコプ・ホリー(大プロコプ)、プロコプ小/十字軍: 枢機卿ジュリアーノ・チェザリーニ(旗を捨てて逃げる)、フリードリヒ1世(ブランデンブルク)
リパニの戦い
HS-4 · 1434年 · 車陣から引きずり出す
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 35(穏健派連合 18 ・ ターボル派 17)
- 歴史的概要
- フス派同士の内戦。穏健派はわざと退却してみせ、ターボル派を車陣の外へ誘い出した。空になった車陣に横から入られ、動く要塞は内側から崩れる。プロコプ兄弟は討死し、フス戦争が終わる。
- 主な武将
- 穏健派(連合): ディヴィシュ・ボジェク(偽装退却)、ミクラーシュ・クルハニェク/ターボル派: プロコプ・ホリー(討死)、プロコプ小(討死)、ヤン・チャペク(騎兵を率いて離脱)
薔薇戦争 1455 〜 1487
第一次セント・オールバンズの戦い
RO-1 · 1455年 · 庭を抜けて市街へ
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 6ターン / 駒 20(ヨーク派 10 ・ ランカスター派 10)
- 歴史的概要
- 市の入口を固められたヨーク方は、家々の裏庭を抜けて市場へ雪崩れ込んだ。乱戦の中でサマセット公が討たれ、王ヘンリー6世は首を負傷して捕らえられる。戦死者は数十人だが、これで戦争が始まる。
- 主な武将
- ヨーク方: ヨーク公リチャード、ウォリック伯(裏庭からの突入)、ソールズベリー伯/ランカスター方: サマセット公エドマンド・ボーフォート(討死)、ヘンリー6世(負傷・捕虜)、ノーサンバランド伯(討死)、クリフォード卿(討死)
ブロア・ヒースの戦い
RO-2 · 1459年 · 小川を挟んで、退がってみせる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 6ターン / 駒 25(ヨーク派 11 ・ ランカスター派 14)
- 歴史的概要
- 数で劣るソールズベリー伯は、小川の向こうで退却の素振りを見せ、渡って来たランカスター騎兵を水際で討った。夜、修道士に大砲を撃たせて自軍の退却を隠したと伝わる。
- 主な武将
- ヨーク方: ソールズベリー伯リチャード・ネヴィル、その子トマス/ジョン(翌日捕虜)/ランカスター方: オードリー卿(討死)、ダドリー卿(捕虜)
ウェイクフィールドの戦い
RO-3 · 1460年 · 城から出てしまう
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 42(ランカスター派 24 ・ ヨーク派 18)
- 歴史的概要
- 籠っていれば安全だったヨーク公が、なぜか城を出て平地で戦い、討たれた。首は紙の冠をかぶせられて城門に晒される。子のラトランド伯も逃げる途中で殺された。
- 主な武将
- ヨーク方: ヨーク公リチャード(討死)、ラトランド伯エドマンド(17歳・討死)、ソールズベリー伯(翌日処刑)/ランカスター方: サマセット公ヘンリー、クリフォード卿(父の仇を討つ)、ウィルトシャー伯
ノーサンプトンの戦い
SP-586 · 1460年 · 雨で大砲が撃てず、陣の一角が寝返る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 42(ヨーク 22 ・ ランカスター 20)
- 歴史的概要
- ヨーク方のウォリック伯は、ノーサンプトンで国王ヘンリー6世の陣を攻めた。雨で王方の大砲が使えず、陣の左を守ったグレイ・オブ・ルーシン卿が寝返ってヨーク兵を陣内へ通し、王は捕らえられた。
- 主な武将
- ヨーク: ウォリック伯リチャード・ネヴィル、エドワード(マーチ伯・後のエドワード4世)/ランカスター: ヘンリー6世、バッキンガム公(討死)、グレイ・オブ・ルーシン卿(寝返る)
- 史料
- 『イングリッシュ・クロニクル』(※)
モーティマーズ・クロスの戦い
RO-4 · 1461年 · 空に三つの太陽
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 6ターン / 駒 25(ヨーク派 13 ・ ランカスター派 12)
- 歴史的概要
- 戦いの朝、幻日で太陽が三つに見えた。動揺する兵に、19歳のエドワードは「三位一体の徴だ」と言って戦わせ、勝った。以後、彼の紋章は太陽になる。
- 主な武将
- ヨーク方: エドワード(19歳・のちのエドワード4世)、ウィリアム・ハーバート、ウォルター・デヴァルー/ランカスター方: ジャスパー・テューダー(脱出)、オーウェン・テューダー(父・処刑)、ウィルトシャー伯
タウトンの戦い 実装済み
RO-5 · 1461年 · 吹雪と、遅れてくる公爵
- 規模
- 重量 w(45分超)/ 12ターン / 駒 60(ヨーク派 30 ・ ランカスター派 30)
- 歴史的概要
- 雪の中、風下のランカスター弓兵の矢は届かず、風上のヨーク弓兵の矢は届いた。数で勝るランカスター方が押し切りかけたところへ、ノーフォーク公の軍が午後になって到着し、崩れた。イングランド史上最大の戦死者を出した一日。
- 主な武将
- ヨーク方: エドワード4世、ウォリック伯(王を作る男)、ノーフォーク公(遅れて到着=時限増援)、ファウコンバーグ卿(風を読む)/ランカスター方: サマセット公ヘンリー、ノーサンバランド伯(討死)、ダカー卿(討死)、トロロープ(討死)
第二次セント・オールバンズの戦い
SP-587 · 1461年 · 町を抜けて回り込まれ、陣の向きが全部逆になる
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 56(ランカスター 30 ・ ヨーク 26)
- 歴史的概要
- マーガレット王妃のランカスター軍が南下し、ウォリック伯は北向きに陣を敷いていたが、ランカスター軍は西から町を抜けて側面へ回った。ウォリックの陣は向きを変えられずに崩れ、ヘンリー6世は取り返された。
- 主な武将
- ランカスター: マーガレット・オブ・アンジュー、サマセット公ヘンリー・ボーフォート、アンドルー・トロロップ/ヨーク: ウォリック伯、ノーフォーク公
- 史料
- グレゴリー年代記、ウェトハムステッド(※)
ヘクサムの戦い
SP-214 · 1464年 · 川を背にした陣が、戦う前に崩れる
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 40(ヨーク 22 ・ ランカスター 18)
- 歴史的概要
- ランカスター軍は川の曲がりに陣取ったため、押されると逃げ場がなかった。ほとんど戦わずに崩れ、サマセット公は捕らえられて処刑される。
- 主な武将
- ヨーク: ジョン・ネヴィル(モンタギュー卿)/ランカスター: サマセット公ヘンリー・ボーフォート(処刑)、ハンガーフォード卿(処刑)
- 史料
- 『グレゴリー年代記』、ウォークワース年代記
エッジコート・ムーアの戦い
SP-215 · 1469年 · 王の軍が、王を作った男に負ける
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 50(反乱軍 28 ・ 王軍 22)
- 歴史的概要
- 「キングメーカー」ウォリック伯に通じた反乱軍が、弓兵を欠いた王軍を丘の上で破った。エドワード4世は一時捕らえられる。
- 主な武将
- 反乱軍: ロビン・オヴ・レッズデール(コニャーズ)、ウォリック伯の援軍/王軍: ペンブルック伯ウィリアム・ハーバート(処刑)、デヴォン伯(弓兵を連れて離脱)
- 史料
- ウォークワース年代記、ヘアルズ年代記
バーネットの戦い
RO-6 · 1471年 · 霧の中で味方を撃つ
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 50(ヨーク派 24 ・ ランカスター派 26)
- 歴史的概要
- 深い霧で両軍の戦列がずれたまま噛み合い、オックスフォード伯の兵が戻って来たとき、その星の紋章を味方が太陽の紋章と見誤って射かけた。「裏切りだ」の叫びが走り、ウォリック側が崩れる。王を作る男は、逃げる途中で討たれた。
- 主な武将
- ヨーク方: エドワード4世、リチャード(グロスター公・18歳・のちのリチャード3世)、ヘイスティングス卿/ランカスター方: ウォリック伯(討死)、モンタギュー侯(弟・討死)、オックスフォード伯(味方に射られる)、エクセター公
テュークスベリーの戦い
RO-7 · 1471年 · 味方の指揮官を斬る
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 35(ヨーク派 18 ・ ランカスター派 17)
- 歴史的概要
- サマセット公が独断で丘を下って攻めかかり、約束の支援を出さなかった味方のウェンロック卿を、戻ってきてその場で斧で叩き割った。ランカスター方は総崩れとなり、王子エドワードが討たれて王統が絶える。
- 主な武将
- ヨーク方: エドワード4世、リチャード(グロスター公・前衛)、ヘイスティングス卿/ランカスター方: サマセット公エドマンド(味方を斬る・処刑)、ウェンロック卿(味方に斬られる)、王子エドワード(討死)、デヴォン伯(討死)
ボズワースの戦い
RO-8 · 1485年 · 丘の上で見ている二人
- 規模
- 軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 45(リチャード3世方 22 ・ ヘンリー・チューダー方 23)
- 歴史的概要
- スタンリー兄弟は両陣営の間の丘に軍を止めたまま、どちらにも付かずに見ていた。しびれを切らしたリチャード3世が、敵の本陣めがけて単騎に近い突撃をかけ、旗手を斬り倒したところで、スタンリー勢が降りてきて王の側面に入った。イングランド最後の、王が戦場で死んだ戦い。
- 主な武将
- リチャード方: リチャード3世(討死)、ノーフォーク公(討死)、ノーサンバランド伯(動かない)/テューダー方: ヘンリー・テューダー、オックスフォード伯、ジャスパー・テューダー/スタンリー勢: トマス・スタンリー卿/ウィリアム・スタンリー卿(どちらにも付かない)
ストーク・フィールドの戦い
SP-216 · 1487年 · 薔薇戦争の、本当の最後
- 規模
- 中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(ヘンリー7世 30 ・ 反乱軍 22)
- 歴史的概要
- ボズワースの二年後、偽の王子を担いだ反乱軍(アイルランド兵とドイツ傭兵)が、川を背にした丘で三時間戦って全滅した。これで薔薇戦争が本当に終わる。
- 主な武将
- 国王軍: ヘンリー7世、オクスフォード伯/反乱軍: リンカーン伯ジョン・ド・ラ・ポール(戦死)、マルティン・シュヴァルツ(ドイツ傭兵・戦死)、ランバート・シムネル(偽王子・のち厨房で働く)
- 史料
- ポリドール・ヴァージル、ヘアルズ年代記