ゲインズミルの戦い
1862年 · 北米 重量
南軍(北バージニア軍) — 北軍(ポトマック軍) · 13ターン · 駒 83
ブリーフィング
The men who carried this position were soldiers indeed!
「この陣を抜いた者たちこそ、まことの兵だ」――ストーンウォール・ジャクソン、翌朝、テキサス旅団が登った斜面を見て(フッドの回想録)
一度にそろえば、抜ける。
1862年6月27日の午後2時、チカホミニー川の北。ポーターの第V軍団は、ボーツウェインの沼が描く半円の内側の台地に、三段の線を張っている。沼は深い谷で、渡って登れば守る側が2倍になる。南軍はリッチモンドの前から北へ回り、この半分だけ川の北に残った北軍を叩きに来た。だが着くのはばらばらである。A・P・ヒルの師団が、いま沼の前に一番乗りした。
【南軍の勝ち方】一度に動かせるのは13駒。北軍は11駒。T6(16時半)、ジャクソンの縦隊が着くと南軍の枠は5増えて18になる。増援は着いた順に盤へ入る:ロングストリート(T2〜3・西の縁)、D・H・ヒルとスチュアートの騎兵(T3〜4・北の縁)、ユーエル(T4〜5・北)、ジャクソンの師団(T6〜7・北)、フッドとローを連れたホワイティング(T7・北)。北軍が持って始まるのはワット家(25点)・マクギー家の丘(15)・アダムズ家のポーターの本営(15)・グレープヴァイン橋(15)・アレクサンダー橋(10)。南軍はニュー・コールドハーバー(10)とオールド・コールドハーバー(15)を持つ。勝利線は-20。南軍から見た点差が-20を上回れば、史実より良くやったことになる。
【北軍の勝ち方】日没まで台地を持つこと。三段の線を一段ずつ使って、細切れに来る南軍を一つずつ止める。T6〜7にスローカムの師団(第VI軍団)が南の縁から川を渡って来る。T12にフレンチとミーガーのアイルランド旅団(第II軍団)が橋のたもとに着く。
【指揮官】南軍:ロバート・E・リー(Lee)/先に着いたA・P・ヒル(A.P. Hill)と、グレッグ・ブランチ・ペンダー・フィールド・アーチャー・J・R・アンダーソンの旅団/ロングストリート(Longstreet)と、ピケット・ウィルコックス・プライヤー・フェザーストン・ケンパー・R・H・アンダーソン/D・H・ヒル(D.H. Hill)と、ローズ・ガーランド・G・B・アンダーソン・コルキット・リプリー/ユーエル(Ewell)と、トリンブル・エルジー、ルイジアナのタイガースを率いたシーモア(Seymour)/ジャクソン(Jackson)と、ストーンウォール旅団のウィンダー・ロートン・カニンガム・フルカーソン/ホワイティング(Whiting)と、テキサス旅団のフッド(Hood)・ロー(Law)/騎兵のスチュアート(Stuart)。
北軍:フィッツ・ジョン・ポーター(Porter)/モレル(Morell)と、マーティンデール・グリフィン・バターフィールドの旅団/正規兵のサイクス(Sykes)と、ブキャナン・ラヴェル、ズアーブ兵のウォーレン(Warren)/ペンシルベニア予備師団のマッコール(McCall)と、レイノルズ・ミード・シーモア(Seymour)/騎兵のクック(Cooke)/スローカム(Slocum)と、テイラー・ニュートン・バートレット/フレンチ(French)とミーガー(Meagher)。★両軍にシーモアがいる(南軍のアイザック・シーモアと北軍のトルーマン・シーモア)。
【この盤で試せる判断】
・(南軍)着いた順に当たるか、全軍がそろうまで待つか。待てば日が暮れる。
・(南軍)どこを抜くか。沼の谷が浅くなる北のオールド・コールドハーバーか、中央のワット家か。
・(北軍)三段目の予備(McCall・Reynolds・Meade・Seymour)を、どの穴にいつ入れるか。
・(北軍)日没前に橋の守りへ下がり始めるか、最後まで台地で戦うか。
【結末】A・P・ヒルの旅団は沼を渡っては押し返され、ロングストリートとユーエルの攻撃も止められた。ジャクソンは道を誤って遅れ、北軍はスローカムの師団を川の向こうから呼んで持ちこたえた。日没前の7時ごろ、リーは着いた全軍で一斉に押した。ワット家の前で、フッドのテキサス旅団が弾を込めずに沼を渡って斜面を駆け上がり、線を抜いた。北軍の線は崩れ、クックの騎兵の突撃も崩れた。フレンチとミーガーの旅団が橋のたもとで退く兵を受け止め、ポーターは夜のうちに川を渡った。レイノルズは翌朝、森の中で捕らえられた。七日間の戦いで最も大きな一日で、両軍あわせて一万五千を超える兵が倒れた。リーにとって初めての勝利であり、マクレランはこの夜、リッチモンドへの前進をあきらめ、ジェームズ川へ退くことを決めた。
沼の前に、一番乗りした師団があった
着いた順に当たり、着いた順に止められた
道を誤った将は、日暮れ前にようやく着いた
テキサス兵は、弾を込めずに斜面を登った
まことの兵だ、と翌朝の将は言った
七日間の残りの四日は、北軍が退く日々になった
前日のメカニクスヴィルの戦いと、北軍が朝のうちにこの台地へ下がった動きは盤の外に置いた。マクレランの本隊(川の南の約6万)とマグルーダーの見せかけの攻撃は盤に載せていない。北軍の旅団は二つの駒に割り、南軍の旅団は大きいものだけ割った。駒の添え字(Bde I・Regulars II など)は作者が付けた名乗りで、史料の連隊名ではない。
1ヘクス=200m、1ターン=30分、1CS≒700名。T1=6月27日14:00、T6=16:30(ジャクソンとスローカム)、T11=19:00(全線の攻撃)、T13=20:00(日没)。
地図
ゲインズミル
リッチモンド
チカホミニー川
ジェームズ川
マクレランの本隊(川の南)
マグルーダー(見せかけで引きつける)
ジャクソン(シェナンドーから)
ワット家(中央)
ボーツウェインの沼
ポーターの第V軍団
A・P・ヒル(先に着いて単独で当たる)
ロングストリート
ジャクソン・ユーエル・D・H・ヒル(遅れて北から)
フッドのテキサス旅団が抜く
橋(川の南へ退く)
スローカム(川を渡って来る)