シナリオ

ストーンズリバーの戦い

1862年 · 北米 重量

北軍(カンバーランド軍) — 南軍(テネシー軍) · 12ターン · 駒 219

ブリーフィング

"You gave us a hard-earned victory, which, had there been a defeat instead, the nation could scarcely have lived over." 「君は苦労して勝ち取った勝利を我々にくれた。もしあれが敗北であったなら、この国はとても持ちこたえられなかっただろう」――エイブラハム・リンカーン、一八六三年八月、ローズクランズへの手紙。フレデリックスバーグの大敗から三週間後の、年の変わり目の勝利だった。 一八六二年の大晦日、マーフリーズボロの北西。ローズクランズのカンバーランド軍とブラッグのテネシー軍は、ストーンズ川の西の支流を挟んで、前の晩から五百メートルの距離で野営していた。両軍の楽隊が同じ歌を代わる代わる奏で、最後は両方の陣地で一緒に「ホーム・スウィート・ホーム」を歌ったという。 そして二人の司令官は、まったく同じ計画を立てていた。自分の左翼で、相手の右翼を叩く。北軍はクリッテンデンの左翼がマクファデンの浅瀬を渡ってマーフリーズボロへ、南軍はハーディーの左翼が北軍の右を回ってナッシュビル街道へ。 南軍が一時間早く動いた。午前六時すぎ、マッカウンとクリバーンの師団が、まだ朝食の火を囲んでいた北軍右翼のジョンソン師団に襲いかかった。 【勝ち方】勝敗は点差ひとつで決まる。点差=(自軍が支配する拠点の点数 − 敵軍が支配する拠点の点数)+(敵に与えた損害 − 自軍が受けた損害)。拠点は八つで一五五点:マーフリーズボロ四〇・丸い森三〇・ナッシュビル街道二五・ウェインの丘一五・オーヴァーオール川一五・スローター・ペン一〇・グレシャム小路一〇・マクファデンの浅瀬一〇。北軍は最初に一〇〇点を握り、南軍は五五点。北軍から見た点差が勝利線(+25点)より上で終われば北軍の勝ち、下なら南軍の勝ち。線から19点離れれば戦術的勝利、150点で作戦的勝利、300点で圧倒的勝利。19点に届かなければ引き分けである。北軍の計画どおりならマーフリーズボロ(四〇点)が取れ、南軍の計画どおりならナッシュビル街道とオーヴァーオール川の橋(合わせて四〇点)が取れる。 【先に動く側】この盤だけは南軍が先手である。同じ計画を、一時間早く。 【起きない軍】北軍右翼のジョンソン師団(カーク・ウィリック・ボールドウィンの旅団)は朝食の最中で待機している。T2(七時)から少しずつ目を覚まし、攻められればその場で起きる。南軍のブレッキンリッジ師団は川の東、ウェインの丘にいて、北軍が浅瀬を渡ってくると思い込んで動かない。T7(正午)から順に目を覚ます。攻められればその場で起きる。 【一度に動かせる数】北軍は四〇、南軍は四〇。T7(ブレッキンリッジが起き始める)に南軍へ一〇が加わる。 【指揮官】北軍:Rosecrans=ウィリアム・ローズクランズ、McCook=アレグザンダー・マッカック(右翼・ジョンソン、デイヴィス、シェリダン)、Thomas=ジョージ・トマス(中央・ルソー、ネグリー)、Crittenden=トマス・クリッテンデン(左翼・ウッド、パーマー、ヴァン・クリーヴ)。Hazen=ウィリアム・ヘイゼン(丸い森を守り抜いた旅団)、Sill・Roberts・Schaefer=シェリダンの旅団長(三人とも、この日に戦死した)、Shepherd=正規兵旅団、Mendenhall=ジョン・メンデンホール(砲兵長)、Morton=開拓旅団。 南軍:Bragg=ブラクストン・ブラッグ、Hardee=ウィリアム・ハーディー(左・マッカウン、クリバーン)、Polk=レオニダス・ポーク(中央・ウィザーズ、チータム)、Breckinridge=ジョン・C・ブレッキンリッジ(川の東)。Hanson=ロジャー・ハンソン(孤児旅団)、Chalmers と Donelson=丸い森へぶつかった旅団、Wharton=北軍の後ろへ回る騎兵。駒の名は、上が旅団長、下が連隊である。 【この盤で試せる判断】ひとつめ(北軍)。浅瀬を渡りかけたヴァン・クリーヴを、そのまま川の東へ押すか、呼び戻して右を支えるか。史実のローズクランズは呼び戻した。 ふたつめ(北軍)。右翼が折れていくとき、どこで線を作り直すか。街道と鉄道の線まで下がれば短くなるが、そこを破られれば退路が無い。 みっつめ(南軍)。回り込んだ左翼を、街道まで行かせるか、手前で北軍の線へ当てるか。遠くへ回るほど、北軍は新しい線を作る時間を得る。 よっつめ(南軍)。ブレッキンリッジが起きたとき、丸い森へ送るか、浅瀬へ送るか。 【結末】昼までに北軍の右翼はナッシュビル街道の線まで押し戻され、杉の森ではシェリダンの師団が三人の旅団長を失いながら時間を稼いだ。ローズクランズは自ら馬を走らせて街道沿いに新しい線と砲列を作り、その線の角、鉄道の土手の脇の丸い森ではヘイゼンの旅団が一歩も退かなかった。午後、川の東から呼ばれたブレッキンリッジの旅団が二度ぶつかって砕けた。 その夜、ブラッグはリッチモンドへ「神は我々に良い新年をくださった」と打電した。だが北軍は退かなかった。一月二日、ブレッキンリッジは浅瀬の東の丘へもう一度突っ込まされ、メンデンホールが並べた五十八門の砲の前で一時間に千八百人を失う。一月三日の夜、ブラッグはタラホーマへ退いた。三日間の損害は北軍一万二千九百、南軍一万一千七百――両軍とも、兵の三割を超えた。   同じ歌を、両方の陣地で歌った夜   同じ計画を、一時間早く   右翼は、ナイフのように折り畳まれた   杉の森で、三人の旅団長が倒れる   土手の脇の、一升の森が抜けない   良い新年をと打った電報から、三日 一月一日の静かな日と、一月二日のマクファデンの浅瀬の戦いは【結末】に書いた。ウィーラーの騎兵の北軍後方への大回り、北軍のスピアーズとスタークウェザーの旅団(十二月三十一日は輜重の護衛で戦場の外)は畳んである。旅団は連隊ごとに割り、砲兵は師団ごとに一駒にまとめた。 1ヘクス=150m、1ターン=1時間、1CS≒200名。T1=12/31 06:00(マッカウンの突撃)、T2=07:00、T7=12:00(ブレッキンリッジが目を覚まし始める)、T9=14:00、T12=17:00(日没)。

地図

周辺図(概略) ストーンズリバー マーフリーズボロ ナッシュビル → チャタヌーガ カンバーランド川 テネシー ローズクランズの前進(12/26〜30)
周辺図(概略)
戦場図(概略) 丸い森(ヘイゼン) 杉の森(シェリダン) 夜明けの突撃(6時すぎ) マクファデンの浅瀬(北軍の計画) ブレッキンリッジ(川の東) マーフリーズボロ 北軍の線が折り畳まれる ナッシュビル街道と鉄道 ストーンズ川(西支流)
戦場図(概略)