合戦候補集

イスラム世界・ビザンツ・十字軍(中世)

イスラムの征服戦争 634 〜 732

橋の戦い

SP-146 · 634年 · 渡ってから橋を落として、戻れなくなる

規模
軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 42(ムスリム 20 ・ サーサーン 22)
歴史的概要
ムスリム軍はユーフラテスの舟橋を渡って攻めたが、象に馬が驚いて崩れた。味方の一人が退路を断つために橋を切り落とし、四千が河で失われる。初期の数少ない敗戦。
主な武将
ムスリム: アブー・ウバイド(象に踏まれて戦死)、ムサンナー(殿を務める)/サーサーン朝: バフマン・ジャードゥヤ、象隊
史料
タバリー『諸預言者と諸王の歴史』

カーディシーヤの戦い

CR-1 · 636年 · 四日間と「うなり声の夜」

規模
中量 m(〜45分)/ 14ターン / 駒 64(アラブ軍 30 ・ サーサーン朝 34)
歴史的概要
サーサーン朝の象部隊と、アラブの軽装の軍が4日間戦い続けた。3日目の夜は名前が付くほどの乱戦になり、象の鼻と目を狙う戦法が決まった4日目に、砂嵐を背にしたアラブ側が押し切る。ルスタムは討たれた。
主な武将
アラブ軍: サアド・イブン・アビー・ワッカース(病で輿から指揮)、カアカー・イブン・アムル、アムル・イブン・マアディー/サーサーン軍: ルスタム・ファッルフザード(討死)、ジャーラーンバーン、象部隊

ヤルムークの戦い

P-6 · 636年

規模
中量 m(〜45分)/ 14ターン / 駒 66(アラブ軍 30 ・ ビザンツ 36)
歴史的概要
押されている味方側面へ機動騎兵を投入し、敵の進撃先をZOCで連続遮断。
主な武将
- イスラム軍: ハーリド・イブン・アル=ワリード(剣の神・機動予備隊長)、アブー・ウバイダ(全軍司令)、イクリマ(右翼) - 東ローマ(ビザンツ)軍: ヴァーハン将軍(アルメニア系総指揮官)、グレゴリウス(副将)

ニハーヴァンドの戦い

SP-147 · 642年 · 三日間、塹壕から出てこない相手を、偽退却で釣る

規模
中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 56(ムスリム 26 ・ サーサーン 30)
歴史的概要
塹壕に籠って出てこないペルシア軍に対し、ムスリム軍は退却を装って誘い出し、追ってきた所を反転して迎えた。「勝利の中の勝利」と呼ばれ、サーサーン朝が崩れる。
主な武将
ムスリム: ヌウマーン・イブン・ムカッリン(戦死)、フザイファ/サーサーン朝: フィールーザーン(敗死)、塹壕の守備隊
史料
タバリー、バラーズリー『諸国征服史』

ラクダの戦い

SP-148 · 656年 · 預言者の未亡人が、ラクダの輿から指揮する

規模
中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 50(アリー派 26 ・ アーイシャ派 24)
歴史的概要
ムスリム同士の最初の大きな内戦。アーイシャの乗ったラクダの周りで最も激しく戦われ、輿の綱を切られて戦いが終わった。
主な武将
アリー派: アリー・イブン・アビー・ターリブ、マーリク・アシュタル、アンマール/アーイシャ派: アーイシャ(ラクダの輿)、タルハ(戦死)、ズバイル(離脱後に殺される)
史料
タバリー、マスウーディー

スィッフィーンの戦い

SP-149 · 657年 · 槍先にコーランを掲げて、戦いを止める

規模
重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 66(アリー派 32 ・ ムアーウィヤ派 34)
歴史的概要
三か月の対陣の末、アリー派が押し切りかけたとき、ムアーウィヤ側が槍の先にコーランを掲げて「神の書に裁かせよ」と叫び、戦いが止まった。仲裁の受諾がハワーリジュ派の分裂を生む。
主な武将
アリー派: アリー、マーリク・アシュタル(あと一歩で勝つ)、アンマール(戦死)/ムアーウィヤ派: ムアーウィヤ、アムル・イブン・アース(コーランの策)
史料
ナスル・イブン・ムザーヒム『スィッフィーンの戦い』、タバリー

トゥール・ポワティエ間の戦い

CR-2 · 732年 · 動かなかった側が勝つ

規模
軽量 l(〜20分)/ 10ターン / 駒 30(フランク 15 ・ ウマイヤ朝 15)
歴史的概要
カール・マルテルは丘の上に歩兵を密に固めて動かさず、7日間騎兵の突撃を受け続けた。アブド・アッラフマーンが討たれ、陣に置いた戦利品を守ろうと兵が戻り始めたところで崩れる。
主な武将
フランク軍: カール・マルテル(鉄槌)、オド(アキテーヌ公・側面)/ウマイヤ軍: アブド・アッラフマーン・アル=ガーフィキー(討死)

ビザンツ帝国の防衛戦 717 〜 1259

コンスタンティノープル包囲

SP-150 · 717年 · 冬と火薬で、十万が消える

規模
重量 w(45分超)/ 14ターン / 駒 68(ウマイヤ 42 ・ ビザンツ 26)
歴史的概要
一年にわたる包囲で、ビザンツは「ギリシアの火」で艦隊を焼き、冬の寒さとブルガール人の襲撃が包囲側を削った。イスラムのヨーロッパ進出が北で止まる。
主な武将
ウマイヤ朝: マスラマ、スライマーン、凍える包囲軍/ビザンツ: レオーン3世、ギリシアの火の船、テルヴェル(ブルガール人・援軍)
史料
テオファネス『年代記』、ニケフォロス

アケロオス川の戦い

SP-151 · 917年 · 馬が逃げ出して、勝っていた軍が崩れる

規模
中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(ブルガリア 28 ・ ビザンツ 26)
歴史的概要
ビザンツ軍が押していたが、皇帝の馬が逃げ出したのを見た兵が「皇帝が倒れた」と思い込んで崩れた。中世バルカン最大級の会戦で、シメオン1世がバルカンを制する。
主な武将
ブルガリア: シメオン1世、重騎兵/ビザンツ: レオーン・フォカス(逃走)、ロマノス・レカペノス(艦隊・動かず)
史料
レオーン・ディアコノス、テオファネス続編

ドロストロンの戦い

SP-152 · 971年 · 円陣を組んで、三か月囲まれる

規模
中量 m(〜45分)/ 12ターン / 駒 56(ビザンツ 30 ・ ルーシ 26)
歴史的概要
スヴャトスラフのルーシ軍がドナウ河畔の城に籠り、三か月の包囲の末に条件付きで撤退した。帰り道でペチェネグに襲われ、スヴャトスラフの頭蓋は杯にされる。
主な武将
ビザンツ: ヨハネス1世ツィミスケス、不死隊(重装騎兵)、バルダス・スクレロス/ルーシ: スヴャトスラフ1世、イーゴリの従士団、ブルガール兵
史料
レオーン・ディアコノス、『原初年代記』、スキュリツェス

クレイディオンの戦い

BZ-1 · 1014年 · 柵の正面と、山越えの道

規模
軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 35(ビザンツ 18 ・ ブルガリア 17)
歴史的概要
ブルガリア軍が谷を柵で塞いだのに対し、バシレイオス2世は正面で押さえたまま、部下に山越えの道を回らせて背後へ出した。捕虜は百人に一人だけ片目を残して盲目にされ、送り返された王はそれを見て倒れたと伝わる。
主な武将
東ローマ軍: バシレイオス2世(ブルガリア人殺し)、ニケフォロス・クシフィアス(山越えの迂回)、テオフュラクトス・ボタネイアテス(討死)/ブルガリア軍: サムイル(辛くも脱出・のち急死)、ガヴリル・ラドミル

マンジケルトの戦い

CR-3 · 1071年 · 皇帝が捕虜になり、帝国が内側から折れる

規模
中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(ビザンツ 28 ・ セルジューク 24)
歴史的概要
アルプ・アルスラーンは一日中逃げては撃ちを繰り返し、日没に東ローマ軍が引き返そうとした瞬間に反転した。後衛を預かるアンドロニコス・ドゥーカスが「皇帝は死んだ」と触れて自軍を連れて去り、ロマノス4世は取り残されて捕らえられる。
主な武将
セルジューク軍: アルプ・アルスラーン、マムルーク近衛/東ローマ軍: ロマノス4世ディオゲネス(捕虜)、アンドロニコス・ドゥーカス(裏切り=後衛を連れて離脱)、ニケフォロス・ブリュエンニオス、ヴァリャーグ親衛隊

デュッラキオンの戦い

SP-563 · 1081年 · ヘイスティングスの生き残りが、またノルマンと戦う

規模
中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 56(ビザンツ 30 ・ ノルマン 26)
歴史的概要
ノルマンのロベール・ギスカールがデュッラキオンを囲み、皇帝アレクシオス1世が救援に来た。ヴァリャーグ親衛隊(多くはヘイスティングス後に逃れたイングランド人)がノルマンの右翼を押し崩したが、突出して孤立し、逃げ込んだ礼拝堂ごと焼かれた。皇帝軍は敗走した。
主な武将
ノルマン: ロベール・ギスカール、ボエモン、シケルガイタ(ギスカールの妻・逃げる兵を叱咤)/ビザンツ: アレクシオス1世、ナビテス(ヴァリャーグ隊長)、ゲオルギオス・パレオロゴス
史料
アンナ・コムネナ『アレクシアス』、ゴッフレド・マラテッラ

レブニオンの戦い

BZ-2 · 1091年 · 昨日の敵が今日の味方

規模
軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 48(ビザンツ・クマン連合 26 ・ ペチェネグ 22)
歴史的概要
ペチェネグの大軍に首都を脅かされたアレクシオス1世は、同じ草原の民であるクマン人を金で味方に引き入れた。決戦の朝、クマン騎兵が横から入り、ペチェネグは一日で民ごと消える。
主な武将
東ローマ・クマン連合: アレクシオス1世コムネノス、トゴルタク/マニアク(クマンの首長)、ゲオルギオス・パレオロゴス/ペチェネグ: 諸部族長(名は残らない)

ミュリオケファロンの戦い

BZ-3 · 1176年 · 百年前と同じ失敗

規模
中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(ビザンツ 28 ・ ルーム・セルジューク 24)
歴史的概要
山あいの細い道へ、攻城具と輜重を引いた長い縦隊のまま入った。両側の高地から矢が降り、詰まった車列が道を塞ぐ。マヌエル1世は自ら「マンジケルトの再来だ」と書き送った。
主な武将
東ローマ軍: マヌエル1世コムネノス、アンドロニコス・ヴァタツェス(討死)、バルドウィン(義兄・討死)、ヨハネス・カンタクゼノス(討死)/ルーム・セルジューク: クルチ・アルスラーン2世

アドリアノープルの戦い

BZ-4 · 1205年 · 皇帝が二人続けて捕まる場所

規模
軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 30(ラテン帝国 13 ・ ブルガリア・クマン連合 17)
歴史的概要
ラテン帝国の騎士たちは、逃げるクマン騎兵を追って城壁から離れ、湿地の窪みへ誘い込まれた。皇帝ボードゥアン1世は捕らえられ、二度と戻らない。同じ地名で、827年前にも皇帝が消えている(E-5)。
主な武将
ブルガリア・クマン連合: カロヤン(ローマ人殺し)、クマン騎兵隊/ラテン帝国: ボードゥアン1世(捕虜・獄死)、ルイ・ド・ブロワ(討死)、ジョフロワ・ド・ヴィルアルドゥアン(記録者・殿を務める)

ペラゴニアの戦い

BZ-5 · 1259年 · 夜のうちに同盟者が消える

規模
軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 48(ニカイア帝国 24 ・ エピロス・シチリア・アカイア連合 24)
歴史的概要
エピロスとシチリアとアカイアの連合軍が、戦いの前夜、内輪の不和からエピロス勢だけ陣を引き払った。残された騎士たちは翌朝、数で圧倒されて捕らえられる。この勝利がコンスタンティノープル奪回につながる。
主な武将
ニカイア軍: ヨハネス・パレオロゴス、アレクシオス・ストラテゴプロス(2年後に首都を取り返す)/連合軍: ミカエル2世ドゥーカス(前夜に離脱)、ギヨーム2世ヴィルアルドゥアン(アカイア公・捕虜)、マンフレーディの独騎兵

十字軍 1097 〜 1250

ドリュラエウムの戦い

CR-4 · 1097年 · 半日耐えれば味方が来る

規模
軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 35(十字軍 18 ・ ルーム・セルジューク 17)
歴史的概要
別々に行軍していた十字軍の先行部隊が包囲され、ボエモンは全員を下馬させ、輜重と非戦闘員を中に入れて円陣で耐えた。半日後、レーモンとゴドフロワの本隊が丘を越えて現れ、包囲が割れる。
主な武将
十字軍: ボエモン(耐える側)、タンクレード、レーモン・ド・サン=ジル(増援)、ゴドフロワ・ド・ブイヨン(増援)、司教アデマール(背後へ回る)/ルーム・セルジューク: クルチ・アルスラーン1世、ハサン

アンティオキア包囲と反撃

SP-153 · 1098年 · 落とした側が、翌日には囲まれる

規模
重量 w(45分超)/ 13ターン / 駒 64(十字軍 30 ・ モスル軍 34)
歴史的概要
八か月かけて城を落とした十字軍は、入城の翌々日にはケルボガの大軍に逆に囲まれた。聖槍の発見で士気を回復し、飢えたまま城から出て勝つ。
主な武将
十字軍: ボエモン、レーモン・ド・サン=ジル、ゴドフロワ、ピエール・バルテルミー(聖槍)/モスル軍: ケルボガ、ドゥカク、離脱するアミールたち
史料
『フランク人の事績』、ライモンドゥス、イブン・アル=アスィール

ハランの戦い

SP-154 · 1104年 · 十字軍の東への広がりが止まる

規模
中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 50(十字軍 24 ・ セルジューク 26)
歴史的概要
エデッサ伯とアンティオキア公の連合軍が、追撃に釣られて隊列を伸ばしたところを反転攻撃で破られた。ボードゥアン2世が捕虜となり、十字軍の東進が止まる。
主な武将
十字軍: ボードゥアン2世(捕虜)、ジョスラン(捕虜)、ボエモン、タンクレード/セルジューク: ジェクメシュ、ソクマン
史料
フルケリウス、イブン・アル=アスィール、マシュー・オヴ・エデッサ

血の原の戦い

SP-155 · 1119年 · 一夜で、アンティオキアの軍が消える

規模
軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 44(アルトゥク朝 24 ・ 十字軍 20)
歴史的概要
ロジェ・ド・サレルノは援軍を待たずに谷へ進み、四方の丘から囲まれて全軍が一日で失われた。戦場は「血の原(アゲル・サングイニス)」と呼ばれた。
主な武将
十字軍: ロジェ・ド・サレルノ(討死)、聖十字架を掲げる司祭/アルトゥク朝: イルガーズィー、トゥグテギン
史料
ウォルテル・ザ・チャンセラー、イブン・アル=カラーニスィー

モンジザールの戦い

CR-7 · 1177年 · 十六歳の癩王

規模
軽量 l(〜20分)/ 8ターン / 駒 25(エルサレム王国 10 ・ アイユーブ朝 15)
歴史的概要
サラディンの大軍がエルサレムへ向かう中、癩を病んだ16歳のボードゥアン4世が、集められるだけの騎士500ほどで側面に食いついた。不意を突かれたアイユーブ軍は崩れ、サラディンは駱駝で逃げ延びる。
主な武将
エルサレム王国: ボードゥアン4世(癩王・16歳)、ルノー・ド・シャティヨン、テンプル騎士団長オド・ド・サン=タマン、バリアン・ディブラン/アイユーブ軍: サラディン(辛くも脱出)、タキー・アッディーン(子を失う)

ハッティンの角の戦い

CR-5 · 1187年 · 水を断つ

規模
中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 54(十字軍 26 ・ アイユーブ朝 28)
歴史的概要
サラディンはティベリアスを囲んで十字軍を水のない高地へ引き出し、乾いた草に火を放って煙を送り込んだ。渇き切った軍は角と呼ばれる丘へ追い上げられ、真十字架を奪われ、王も諸侯も捕らえられる。
主な武将
アイユーブ軍: サラーフ・アッディーン(サラディン)、タキー・アッディーン、ゴクボリ/十字軍: ギー・ド・リュジニャン(エルサレム王・捕虜)、レイナルド・ド・シャティヨン(捕虜・処刑)、レーモン3世(脱出)、テンプル・ホスピタル両騎士団長

アルスーフの戦い

CR-6 · 1191年 · 命令を待てなかった騎士団

規模
中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 52(十字軍 26 ・ アイユーブ朝 26)
歴史的概要
リチャード1世は海岸沿いに縦隊で行軍しながら、射られても反撃するなと厳命して耐えた。しかし後衛のホスピタル騎士団が我慢しきれずに飛び出し、王は全軍の突撃に切り替えるほかなくなった——結果として勝つ。
主な武将
十字軍: リチャード1世(獅子心王)、ガルニエ・ド・ナブルス(ホスピタル騎士団長・耐えきれず突撃)、ジェームズ・ダヴェーヌ、アンリ・ド・シャンパーニュ/アイユーブ軍: サラディン、タキー・アッディーン、アル=アーディル

ヤッファの戦い

SP-156 · 1192年 · 五十四騎で、七千の前に立つ

規模
軽量 l(〜20分)/ 9ターン / 駒 42(十字軍 14 ・ アイユーブ 28)
歴史的概要
リチャード1世はわずかな手勢で上陸し、膝をついた槍衾と弩の交代射撃でサラディンの騎兵の突撃を受け止めた。第三回十字軍の最後の戦い。
主な武将
十字軍: リチャード1世(獅子心王)、ヘンリー・ド・シャンパーニュ、膝をつく槍兵と弩兵/アイユーブ朝: サラディン、マムルーク騎兵
史料
『イティネラリウム』、バハー・アッディーン、アンブロワーズ

ラ・フォルビーの戦い

CR-8 · 1244年 · 十字軍側の最後の野戦軍が消える

規模
中量 m(〜45分)/ 9ターン / 駒 52(十字軍・ダマスカス連合 26 ・ エジプト・ホラズム連合 26)
歴史的概要
エルサレム王国はダマスカスと組んでエジプト軍に当たったが、同盟したダマスカス勢が先に崩れて逃げ、残された騎士団は最後の一人まで戦って消えた。この日で聖地の十字軍は野戦軍を失う。
主な武将
十字軍・ダマスカス連合: ヴァルテル4世・ド・ブリエンヌ(捕虜)、テンプル騎士団長アルマン・ド・ペリゴール(討死)、アル=マンスール(ダマスカス・離脱)/エジプト軍: バイバルス(若き日)、ホラズム傭兵

マンスーラの戦い

SP-157 · 1250年 · 町に入り込んだ騎兵が、路地で消える

規模
中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 54(十字軍 26 ・ アイユーブ 28)
歴史的概要
ロベール・ダルトワが命令を待たずに町へ突入し、狭い路地で四方から囲まれてテンプル騎士団もろとも消えた。ルイ9世は後に捕虜となる。
主な武将
十字軍: ルイ9世、ロベール・ダルトワ(討死)、ギヨーム・ド・ソンナック(テンプル騎士団長・討死)/アイユーブ朝: バイバルス(のちのスルタン)、ファーリス・アッディーン
史料
ジョワンヴィル『聖王ルイ伝』、マクリーズィー

マムルークの戦い 1281 〜 1303

ホムスの戦い

SP-158 · 1281年 · 左翼が崩れても、中央が耐える

規模
中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 58(マムルーク 28 ・ イルハン 30)
歴史的概要
モンゴル・アルメニア連合がマムルークの左翼を崩したが、スルタン・カラーウーンの中央が動かずに耐え、崩れた側が追撃に散った隙に押し返した。
主な武将
マムルーク: カラーウーン、耐える中央/イルハン朝: モンケ・テムル(負傷)、アルメニア王レヴォン3世
史料
バイバルス・アル=マンスーリー、ラシード・アッディーン

ワーディー・アル=ハズナダールの戦い

SP-159 · 1299年 · モンゴルが最後にシリアを取る

規模
中量 m(〜45分)/ 10ターン / 駒 56(イルハン 30 ・ マムルーク 26)
歴史的概要
ガザン・ハンがマムルーク軍を破り、一時ダマスクスまで占領した。だがモンゴルは長く留まれず、数か月で退く。
主な武将
イルハン朝: ガザン・ハン、クトルグ・シャー/マムルーク: ナースィル・ムハンマド(若年)、サイフ・アッディーン
史料
ラシード・アッディーン、マクリーズィー

マルジュ・アッ=サッファルの戦い

SP-160 · 1303年 · 水を断たれた側が、丘で干上がる

規模
中量 m(〜45分)/ 11ターン / 駒 56(マムルーク 30 ・ イルハン 26)
歴史的概要
モンゴル軍は丘に押し上げられ、水場を断たれて渇きで崩れた。モンゴルのシリア侵入はこれで終わる。
主な武将
マムルーク: バイバルス2世、ナースィル・ムハンマド/イルハン朝: クトルグ・シャー(丘に孤立)
史料
マクリーズィー、イブン・タイミーヤの記録